JR東日本が考える「首都圏」

2009年4月 1日(水) 8:16:24

今日から首都圏のJRの駅が全面禁煙になる。
めでたいな。喫煙者にとってはかなり不便になると思うけど、分煙されていたとはいえ、たまにホーム上の喫煙所横とか通ったりするとかなり不快だったから(逆に固まって吸ってるから異様に煙くて臭い)。

というか、新聞などにJR東日本からの告知広告が出ているけど、これを見ると「JR東日本が考える『首都圏』」がわかって面白い。→コレ

そっかー、高尾も大宮も首都圏なんだー。取手が首都圏で成田は違うのねー。んでもって大船も首都圏なのかー。でも大船のお隣の藤沢は首都圏じゃなくてその先の辻堂も茅ヶ崎も首都圏じゃないんだー。とはいえ鎌倉は(逗子の手前だから)首都圏なんだねー。でも逗子の少し先の横須賀や久里浜は首都圏ではないんだー。とかね。

モーリス・ジャール、土屋耕一。

2009年3月31日(火) 9:29:39

作曲家モーリス・ジャールが亡くなった。
「アラビアのロレンス」のテーマも良かったけど、なんといっても「ドクトル・ジバゴ」。このラーラのテーマは本当に大名曲で、「座右のシネマ」でも書いたけど、しょっちゅう心の中に流れる。

子供時代のジバゴが木を見上げ、空っ風に枯れ葉が舞うあのシーン。このシーンが大好きなボクは、枯れ葉が木にしがみついてて風に揺れるところを見かけると、パブロフの犬のように心の中にラーラのテーマが流れ出し、急いでいてもふと足を止めて見入ってしまう。これはきっと死ぬまでこうなのだろうと思う。そのくらい人生に密着した曲。ありがとう。顔も知らないしどこでどう生きたかも知らないけど。

最近では藤間紫さんとか露の五郎兵衛さんとか、早川良雄さんとか土屋耕一さんとか、いろんな方が亡くなった。
土屋耕一さんはコピーライターで、広告クリエーティブ業界では大御所中の大御所。「戻っておいで 私の時間」「君のひとみは10000ボルト。」「A面で恋をして。」「サクセス」など、コピーがヒット曲の題名になった一連のものが印象深い。他には「おれ、ゴリラ。おれ、景品。」「テレビを消した一週間。」「あ、風がかわったみたい。」「女性の美しさは、都市の一部分です。」とか、よく覚えている。

奇跡的にラッキーなことだと思う

2009年3月30日(月) 8:04:47

昨日のエントリーが「出版>ネットに読める」というご指摘があったので、少し付け加えた。自分としては、こうして毎日毎日サイトを更新していることを含めてネット上での活動の優先順位がめちゃめちゃ高いので、当然も当然に「出版<ネット」なのだけど、「そんなこと言わずもがな」と思って省略してしまったので、確かにそう読めるかもしれない。ただ、出版するとネットとは違う人脈が広がり、ネットの活動とはまた違う視野が開ける。その点は出版する意義でもあるかと。「普通のブロガーにはそんなこと夢の夢」という意見もあろうが、ボクも黒野さんもそんなこと微塵も考えずにネット上に雑文を書いていた。ボクたちも「夢の夢」だった。でも、意外と近いところに「出版」という思ってもみない人生転換があるよ、と言いたかったわけです。伝わりにくかったらスイマセン。

2000年に「週刊金曜日」という雑誌に連載を書いたとき、「本は消える。HPは残る。」というコラムを書いたことがある。HP(ホームページ)という呼び方に時代を感じるね。まぁあの頃はサイトという呼び方もまだあまりされてなかったし、ブログも産声あげてなかったし。で、そのコラム、まとめればこんな内容(元はここ)。長いスパンで考えればどんな本でも消えてしまう。1000年後に残っている本など(ボクが書いたものレベルでは)まったくないであろう。
その点HPは残る。プロバイダーに少々のお金さえ払い続けていれば、書いたものは未来永劫消えない(たぶん)。しかもデジタルだから、紙が黄色く変色するとかもない。つまり子孫たちさえ少々のお金をケチらなければ、ボクが書いた文章は鮮明かつクリアに残り続ける。
そういう意味において、HPは史上最強のメディアかもしれない。まぁこれを書いた2000年って、まだネットは海のものとも山のものともつかぬ状態で、かなり「ネット擁護論」として肩肘張っている部分はある。デジタルデータも未来永劫は残らない。紫式部の例でもわかるように、紙の方が長く残る可能性もある。ただ、編集者のハードルを越えなくてもいいネット上のさりげない書き物が、編集者の厳しい目に淘汰され生き残った作家たちの本と同等かそれ以上の確率で「残る」のは確かだと思う(残す意志さえあれば)。

もちろん長く残ったからって読んでくれるヒトはいないだろう。
でも何かを残したい無名の生活者にとって、出版よりネットの方がすぐれたメディアであることは確か。良くも悪くも「商品」にしないといけない本と違って自分の思い通りに書けるし、子孫が読んでくれることもあるだろう。数百年後に誰かが検索して偶然サイトの中の一文に引っかかったりすることもあるかもしれない。そういう意味も含めて、ネットとかサイトとかって史上最強のメディアだと今でも思っている。

ネット上の発信を本にするということ

2009年3月29日(日) 10:45:00

ウェブは人類が有史以来初めて手に入れた「無名の生活者の発信メディア」である。
WWW登場以前は、何かを世の中に広く発信しようと思ったら、なんとかしてマスメディアに出るとか、出版社に原稿を持ち込んで本にしてもらうとかしかなかった。その確率は非常に低く、よっぽど意志が強い人以外はみんな最初から諦めていた。

でも、ウェブは違う。発信メディアであると同時に、自分が書いたものが世の中に取り上げられたり本になったりする確率がウェブ以前に比べて飛躍的に増大した。ブログで何気なく書いたことがメガサイトやマスメディアで取り上げられたことがある人も意外といらっしゃると思う。もしくはアマゾンとかでレビューを書いてもいい。それが「そのまま」多くの人の目に触れる。こういうのって、たった15年前は「ありえなかったこと」。世の中、根っこから変わった。そう思う。

ボクが本を出せるようになったのは、1998年にこのサイトに書いていた紀行文に出版社の方がたまたま目を付けてくれたのが元々(そして一作目「うまひゃひゃさぬきうどん」が出版された)。ボクが知っている限りでは無名素人のサイト上の雑文が書籍化されたのはボクで2番目だと思う。たぶん。1番目は山本ちずさんの「ソラミタコトカ―会社つぶれてしもたがな!」だと思う(元々のサイトはここ。文庫化もされたみたい)。当時このサイトは人気サイトで、ボクも大笑いしながら読んでいた。

映画「ホノカア・ボーイ」とか

2009年3月28日(土) 19:51:09

金曜は普通に会社に行って普通に仕事をした。木曜の不調はいったい何だったんだという感じ。
なんだかゆったり気分になりたかったので、夜は映画「ホノカア・ボーイ」を観に行った。「かもめ食堂」「めがね」みたいなくつろげる映画だと思って行ったが、もうちょっとテーマが深く、いろんな想いを巡らすことが出来るいい映画だった。なんだろう、ホノカアって町がとても美しいんだけど、死に満ちていて、生と死が自然と同居している。そこが良かったな。

なんかとてもいい町に主人公が漂い着くんだけど実はその町の気のいい住人たちは全員幽霊で…、っていう本だか映画だかが思い出されそうで思い出せず、脳味噌が痒い。そんな本だか映画だかのことが思い出されると、それを「ホノカア・ボーイ」に重ね合わせて、いい感じで語れそうなんだけどな。ふと浅田次郎のあれかと思ったけど、んー、あれとは違う。なんだっけなぁ…。

そういえば、「かもめ食堂」や「めがね」との共通点はご飯がおいしそうなこと。こういう日本映画、最近多いね。「おくりびと」もそうだったし。この「ホノカア・ボーイ」は高山なおみさんが担当していた。うまそうすぎてお腹が鳴った。思わず六本木の「さだ吉」に飛び込んでご飯。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。