本物の水牛のモッツァレラが…

2010年5月 6日(木) 19:20:05

先週の始めだったか、妻が残念そうな声で報告してきた。

「水牛モッツァレラを作っていたカゼイフィーチョの水牛が、口蹄疫に感染しちゃったらしいの」

カゼイフィーチョ。知らない人にはわけわからない単語なので少し解説がいるかもしれない。

娘は将来「談志の高座を聴いたことがある」とヒトに話せる

2010年5月 5日(水) 21:21:59

昨日はある方にお誘いをうけ、「立川志らく独演会」に家族で行ってきた。
ゲストはなんと立川談志家元。高一になる娘に談志を見せる大チャンス! 行けて良かったなぁ。この子は将来、歳をとってから「私は談志の高座を聴いたことがある」と胸を張ってヒトに話せる。それがどれだけ素晴らしいことか。娘の同年代ではたぶん相当レアな経験になるはずだ。

ボクは志ん生の高座を聴いていない。志ん朝も聴いていない。というか、10代20代にほとんど落語を聴かなかったので、聴いてない落語家がたくさんいる。でも談志には間に合った。シアワセだ。そして娘も間に合った。ラッキーなヤツである。

談志は去年の7月の独演会で「居酒屋」と「よかちょろ」を聴き、8月の立川談笑独演会のときのゲストで演った「疝気の虫」を聴いている。
8月のときは「まぁこれが最後だろうな」と覚悟した。そのときにも書いたが、それはもう落語になっていなかった(もちろん高座にいてくれるだけで客はみんな笑顔だし、ひと言ひと言に大笑いなのだが)。その数日後に入院が報じられたので、「あぁもしかしたらボクたちは談志の最後の高座を見たのではないか」と思ったものである。

プレゼントはラジオサーバー

2010年5月 4日(火) 13:34:08

そういえば、今年の娘の誕生日(3月6日)の翌日のさなメモで、「誕生日プレゼントはちょいと奮発した(何をあげたかはそのうちに)。とても喜んだ。」と書いておきながら、何をあげたか書くのを忘れていた。

って、なぜ今頃急にそんなことを言うかというと、ツイッターでその商品を勧められたからである。あ、それ、ボク、誕生日に娘にあげました! とコメントしつつ、あ、そういえば書いてなかったかも、と。

あげたのは、写真のこれ。
オリンパスのラジオサーバーポケット PJ-10

頭でわかっているのと、肌でわかっているのでは

2010年5月 3日(月) 21:40:52

あー、今日もなんか根を詰めてしまった。
連休だというのになんでこんなに作業ばっかりしてしまうのかな(笑)

サイトを物理的にいじろるのも久しぶりなので、CSSやMTでずいぶん手間取った。いくつか壊しちゃったみたいで焦ってプログラミングの師匠にメールした(連休で返事返ってこないけど)。あーあ、改悪かも(がっくし)。こういう試行錯誤ですぐに半日くらい経つの、数年ぶりに思い出したよ。タグが少し違うだけでいろんなことが起こってしまい、それを直すのにものすごい時間かかるんだよね。あー面倒臭い。

でも昔は毎週末のようにこういう作業をシコシコやっていたんだよなー。たとえばこんなのとか(古い日記だけど)。←この一番下の方からリンクしているボツデザインなど、文系がひとり手打ちタグで作っているとは思えないテーブル構成の仕方だ…(笑)

ラジオ・メディアについて言いたかったこと

2010年5月 2日(日) 22:50:37

ラジオの生放送で何をしゃべったんですか、とメールで聞かれたが、ええとここで Podcasting できるようです。自分で聴くのはヤでまだ聴いてないけど(笑)。前半はわりと緊張しちゃったし。舌はまわらないし。あ〜ヤだヤだ。

うまく伝わったかどうかわからないけど、ラジオ・メディアについて言いたかったことはこんなこと。
ラジオは生活者参加型という意味で、昔からソーシャルメディア的だった。その知見の積み重なりは貴重。ラジオはいまソーシャルメディアともっとも親和性が高いマスメディアでもあり、そこと融合・合体していけばかなり明るい未来が待っているのではないか。
radiko.jp の登場で、そのソーシャルメディアに具体的に入っていけるようになったのが大きい。しかも「いままでラジオに触れたことがなかった若者たち(ラジオを持ってもおらず、チューニングの仕方もわからない若者たち)」にとっては新鮮なメディアでもあるので、逆に有利だろう。
radiko.jp によって、ラジオは(ネット上の)映像とテキストを手に入れた。音を聴きながらいろんなコンテンツを楽しめる。リンクできる。参照できる。検索できる。ツイートできる。etc.etc。そしてそれをパーソナリティ(DJ)と共有できる。これがどのくらい大きなことか。ここに無限な可能性と勝機がある。ラジオは、「音だけ」を捨てれば、真のマルチメディアの中心に行ける可能性がある。
ただし、ソーシャルメディアに上手に入り込んでいくためには「ソーシャルメディアにどっぷり浸かって、肌感覚でソーシャルメディアがわかっていること」が必須。ラジオの経営者はそれができないといけない。いまの経営陣にそれができるかどうか。極端な世代交代がラジオこそ必要ではないか。30代〜40代に経営を任せ、フットワーク軽くソーシャルメディアの中に入っていくべきであろう。
テレビみたいに録画で見ても楽しめるものとは別に、ラジオにはリアルタイムという強みがある。これはリアルタイム・ウェブであるソーシャルメディア、特にツイッター的なものとの親和性が高い。月が美しいことや地震で揺れたことを共有し、ツイッター的にリアルタイムで共感できる流れができれば、新しいラジオの未来が見えてくる気がする。
ちなみに、ラジオは「ながらメディア」である。メディアが激増したこの多メディア時代、逆に「他のメディアに触れ“ながら”利用できる」というラジオにとっては有利な時代でもある。そういう観点からも、ラジオの未来は明るいと思える。ちゃんとその辺を自覚して前に進めれば、だけど。…言えたこともあるし、言えなかったこともある。でもまぁこんなようなことを考えている。

ただ、ラジオの中の人はあまりに「マーケティング」しておらず、「いまの生活者」のことを知らなすぎる。
どんなヒトが聴いていて、どこに新たなニーズがあるか、まったく探ってないと言ってもいい。やっているとしてもアンケート調査的定量調査。そんなの「大衆」という人たちがいた時代の調査手法である。大衆なんてもう死語だ。20歳〜35歳までをF1M1と呼ぶのは単なる思考停止のなせる技。20歳の女性と35歳の女性が同じわけない。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。