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さぬきうどんをCHAIN EATING! 〜立志篇その2
この紀行文は1997年(まだブーム前)にさぬきうどんを求めて家族で香川を彷徨った様子を長々と書きつづったもので、翌年に「うまひゃひゃさぬきうどん」という題名で出版された元原稿でもあります。四部構成になっていて、このページは【立志篇】のその2です。
【立志篇】1・2
【風雲篇】1・2・3・4
【怒濤篇】1・2・3
【回天篇】1・2・3・4
■「小縣家」の元祖しょうゆうどん
1996年9月。
倉敷のアイビースクエア(山口瞳の常宿だった)で1泊してから瀬戸大橋を渡って香川に入ったボクたち(さとなお、妻の優子、娘の響子、母の靖子)は、まっすぐ金比羅さんに出かけた。
これはうどんのコラムなので金比羅さんのことは書かない。
ただ、噂にたがわぬ異常な階段であった。娘の響子は1歳半であった。当然ダッコである。あの異常な階段をダッコである。近所から「丸々太った健康そうなコねぇ」と評判の高いきょうこである。重いのである。それをダッコである。男はボクだけである。ダッコで階段785段である。重いきょうこをダッコして登らねばならないのである(しつこい!)。
結果から言うと、300段くらいでボクはダウン。あとは妻のゆうこがダッコでたったか登り切った。
あれ以来、どうも父の権威が復活しないのだが、それはまた別のお話。
さて、金比羅さんを無事降りてきた我々は車で満濃町を目指した。
目的は「小縣家(おがたや)」である。金比羅産のある琴平の隣町である。が、なかなか見つからない。通りがかりの店で聞き聞き、やっと店を見つけたときはもう14時を半分ほど過ぎていた。
「もうすいている時間だよね」
ところがどっこいしょ。すごい行列がボクたちを待っていたのである。
なぜこんな田舎で行列にあわないといけないのか!と憤慨しつつ、全然客が入っていなかったらそれはそれで心配だったろうなぁ、と安心しつつ、順番を待った。
店内は普通のうどん屋。とっかえひっかえ客が来るせいか、ちょっと汚い。
30分ほど並んだだろうか。
やっと席に着き名物の「しょうゆうどん」をとりあえず頼む。母は小。妻は大。ボクは特大を頼んだ。
と、まず大根一本とおろし金を持ってきた。どうやらこれで擦れということらしい。
コスコスコス。
周りの客を見ながら擦った。周りの客はおでんも食べている。そういえばおでんが店の奥で煮えている。「おでん」と「うどん」。本州ではこういう発想はあまりしない。完全にこちらではうどんはゴハンがわりで、おでんみたいなおかずを必要とするということらしい。
コスコスコス。
15分ほど擦っただろうか。おなかがすきすぎて擦ったおろしを食べていたらやっときた。
念願の「さぬきうどん」である。
どひぇ〜! こりゃ多い!
写真は小である。どうやら小が「ひと玉」ということで、特大は「三玉」みたいである。洗面器のような丼にうどんがなみなみうねっている。うぅ。こりゃちょっと多かったかなぁ…。
麺を見ると、ふんふん、なかなか麺は太い。表面はつやつやだ。箸でつまむと、切れずにウニーンと伸びる。離すとヒュンッともとに戻る。うーん、すごい弾力。しかも箸で切ろうとしてまた驚いた。絶対切れない。ハルク・ホーガンでも切れない。すごい固さ。
こりゃめちゃめちゃうまそうだ! けどまぁ名物にうまいものなしと言うし、期待しすぎてもな……期待しすぎて失敗したことっていままでの人生でいっぱいあったしな……まぁたいしたことなくても失望しないように心の準備をして、と。
自分の中の過剰な期待にフタをしつつ、
おもむろにひと口。ズズズ。
う、
う、 う、 うまい これは うま い……
妻とボクは無言で顔を見合わせた。
うまい。
なんという麺だ。
まずゴチッと歯にぶつかってくる。
そうして歯の侵入をしっかり拒んでおいて、途中からスッと歯の侵入を許す。歯は喜び勇んで噛み切りにいくのだが、最後の最後、薄皮一枚で噛み切らせてくれないのである。で、もうひと押しするとムニィと切れる。最後の切れ方は最初の固い歯ごたえと違ってお餅みたいな粘りのすえ、伸びながら切れるのだ……
う〜ん、こちゃ噛まずに喉で食べるなんてもったいない。
噛む快感がこれほどある食物に、ボクは出会ったことがない。
そのうえ麺に味がある。うすーい塩味。そしておいしいフランスパンに感じるような甘味。
コスコスコスと一所懸命擦った大根おろしがほとんど無駄になったのは言うまでもない。
麺がこれだけうまいとそんな物いらないのである。ほんの少しのしょうゆで味付けはオッケーだ。
ん?それって何かと似ている。えーと、
そう、お刺身と一緒だ。
うどんの刺身だ。ほんの少しのしょうゆをつけて食べるお刺身。
いまならわかる。Kさんが「コシなんて麺の魅力のホンの一部なんだけどね」と言った意味が。
例えば白身の刺身の歯ごたえを称して「コシ」という表現は使わないでしょ?
そう。うどんもそうなのだ。うどんの魅力を「コシ」なんていう単純な表現で出来るわけがない、とその時やっと悟ったのだ。
「はがくれが10点なら11点、12点の店がいっぱいあります」というメールもはっきり言って眉唾だなと思っていたのだが、まったく正しいことがいまこうしてわかった。「はがくれ」は確かにうまい。でもそれを越える店が香川にはあるのである。
こうしてボクは「小縣家」を知った。さぬきうどんの真の力を知ってしまった。 これでうどんの頂点を知ったのだ。まだまだいろいろ店があるらしいが、まぁね、「小縣家」を知ればこれでいいかもしれないなぁ。
満足だった。大満腹かつ大満足だった。うーむ、香川に来て良かったぞー!
でもしかし、それは「恐るべきさぬきうどん」という本を香川県内の本屋で購入するまでの2時間天下だったのだったった。
■名著「恐るべきさぬきうどん」
あのメールには追伸がついていた。
「もし市内で恐るべきさぬきうどんという本を見つけたら
買って読まれるといいと思います。売り切れの店が多いとは思いますが。
ちなみに香川県でしか売っていないと思います」
まぁ県民の郷土愛に満ちた本なのであろうとたかをくくっていたが、こうまでうまいさぬきうどんを食べてしまった今、どうにも興味を引いて離さない追伸だった。第一ボクは地方限定発売なるものにヒジョーに弱い。しかも題名がとてもイカす。
宮脇書店というやたら香川県中にある本屋チェーンが道端にあったので軽い気持ちで入店。 「売り切れ」といわれる。そう聞くと欲しくなるのは人情だ。3軒くらい回ってやっと購入できた。全3巻。どうやら地元タウン情報誌のコラムを本にしたものらしい。
追記:当時は単行本が3冊出ただけだったけど、いまでは「さぬきうどん全店制覇」本を含むロングシリーズ。一大ベストセラーになっている。新潮文庫にもなり、もちろん全国で売られている。
妻の優子に運転を任せて(その日はもう香川を離れて淡路島のホテル・アナガに向かう予定だった)助手席で早速読み始める。
ムム。
プププ。
クスクス。
ウヒウヒ。
ドヒヒヒヒヒ。
グハハハハハハハ。
ブハハハハハハハハハハァ!
面白すぎる!!
この本は近来まれに見る大面白本であった。
傑作である。こんなに笑ったのは久しぶりというくらい。
そして、また食のレポートとしては奇跡的な出来の良さなのである。ショックでしばらく口が聞けなかった。なぜ、香川だけでしか売っていない?なんなんだ?このレベルの高さは?!
運転する優子はどんどん不機嫌になっていく。そりゃそうだろう。横でずっと大笑いしているんだから。
でもボクは頭の中で真剣にこう叫んでいた。
「とってかえせ〜!
淡路島なんかに行くのはやめて、
香川でさぬきうどんを食いまくろう!」
ホテルアナガをすごく楽しみにしている優子や母の手前口には出さなかったのだが、もう心は上の空だったのである(結果的にはすごく良いリゾートホテルでした←1996年9月現在)。
ここらで真面目にこの本の紹介をしよう。
古今まれに見る名著「恐るべきさぬきうどん」は、さぬきうどんの名店をレポートしたいわばグルメガイドに近い外見を装っているが、実は基本的には「お笑い放浪記」である。そして香川県人によるさぬきうどん再発見物語なのだ。
ただしその切り口の新しさ、人間を見る目の暖かさ、スタンスの謙虚さが実に快適で、何様か〜い!というようなグルメ評論家紀行文とは一線も二線も画している。
そしてそこに載っているさぬきうどんの店がまたすごい。
我々が普通に想像するうどん屋、つまりちゃんと接客してくれる店を「一般店」と呼ぶとしたら、ここに載っているのは接客を全くしない「セルフの店」なのだ。
セルフの店。
香川県独特のうどん屋の形態である。
字からわかるように「セルフサービスの店」だ。
つまり客は、
- 店に入って置いてある丼を手に持ち、おばちゃんに「ひと玉」とか言ってうどん玉をもらう。
- 自分でざるに入れ、ゆがく。
- だし(温かいうどんのお汁、ですね)は、鍋やジャーや、よく食堂なんかにあるボタンを押してお茶を出すクーラーボックスみたいなものとかから自分で入れる。
- 冷たいうどんを食べる場合はそのまましょうゆなどをタラっとかけて食す。
- ネギなどの薬味も自分で入れる。
- すごい店はネギを自分で切らないといけない(包丁でなくはさみが置いてある店もあった。チョッキンチョッキンとネギをハサミで切るのである)
- もっとすごい店はネギを裏の畑から自分で刈ってこなければならない(抜いてはいけない)。
- 店によっては天麩羅やおでんなどが作って置いてあるから、それを勝手にとる。
- うどんの玉数と天麩羅・おでんなどを自己申告しお金を払う(支払いは食べ終わってからの店も多い)
- 食べるのはそこらにある椅子もしくは立ち食い。外に持ちだして食べてもオッケー。
- 食べる前にイタダキマスを言う(セルフの店に限らないって)。
- 食べ終わったらゴチソウサマと言う(限らないってば!)。
- 食べ終わったら残っただしなどをバケツに捨て、丼を返す。
のである。
店によって多少は違うが、まぁこういう感じで食べるのがセルフの店だ。
なんでうどんごときにこんなことをしないといけないのか。
県外人は皆不思議に思うよね。
これはねぇ、つまりねぇ、本来の意味の「うどん屋ではない」からなんですね。
そう、ここは製麺所なのだ。
製麺所の隅っこで出来たてのうどんを「食べさせてもらう」仕組み。
つまり余計な人手、余計な人件費がかからないようになっているのである。サービスもない。だからこれがまた安い! とにかく安い! 一杯(ひと玉)100円前後なのだ。
たぶん、であるが、たぶん近所の人がうどん玉買いに来て「うちに帰ってうどん湯がくの面倒だから、ちょっとここで食べさせてや」とか言って丼を持ち込んだのが起源だろうな。離乳食にもうどんを食べる(幼児語でピッピとかオピッピとか呼ぶらしい)香川県ならでは。香川以外ではまるで想像もつかない形態だ。
うーん……
ちなみに看板ものれんもなかったりする。製麺所だからね。
で、香川の山奥で近所の人たち相手にひっそり個人製麺しているような店が600とか700とか800軒のレベルであるらしいのだ!
その中に数多く「名店」があるらしい。この本はそんな名店をピンポイントで探訪しそのうまさを紹介している。秀逸なるお笑いの合間にだが。
しかし、これはすごい。
そんな人里離れた山奥なんかにうまい店があること自体がまず信じられない。営業は成り立っているのか? それに各レポートを読むとそれぞれすべて味に差別化があるらしい。うどんがすごくうまいのはわかったが、そんなに無数に味の違いがあるのか?
ちなみに「小縣家」は一般店である。つまりセルフの店ではない。接客というか、つまり丼を上げ下げしてくれるおばちゃんがいる。製麺所ではなくちゃんとお店の形式を取っている。
一般店としてはかなりうまい部類に入ると著者も書いている。が、それよりもおいしい「セルフの店」が香川にはいくつもあるというのである。
「小縣家」より上位にあげられている店達はいったいどんな味をしているのだろうか。
そして、本当にそんな山奥や田んぼの真ん中や車も通れない路地にうどん屋があったりするのだろうか……。
ホテル・アナガに着いて、気持ちのいい部屋に寛ぎながら、いったいさぬきうどんとは何なのか呆然と考える。
アハハハハハハハハ!
横では優子が大笑いで「恐るべきさぬきうどん」を読んでいる。
とにかくこれはまた来なければいけない。
未だ知らぬセルフの店を食べまくらなければ、さぬきうどんの「さ」の字も語れなそうだ。たった2時間前なら、もうさぬきうどんの「ど」あたりまで語れるつもりでいたのだが、これを読んでしまった今、もう何も語れなくなっている。 いや、別に誰に語りたいというわけではなくて、もう単に「知りたい」欲求が渦巻いている。
いったいどんな味なのだぁ〜!
こうしてホテル・アナガのお洒落な部屋はその価値を失い、その上質なフレンチ・ディナーも印象をほとんど残さず、ただただ、さぬきうどんの食感への憧れだけがボクの心に宿っていたのである。
香川とは長いつきあいになりそうなのだ。
@satonao310