コッキーポップな夜(コッキーポップだけじゃないけど)

2009年11月 2日(月) 6:51:59

大食いした翌日はゆっくりするに限る(笑)
ということで、昨日はほとんど活動せずボンヤリ&ユックリしてました。夜にジョギングしてきたけど、それも4キロほどを超ユックリ。その後、夜ご飯後はなんとなくYouTubeサーフィンしてた。

先週に小宮山雄飛くんに会ったからなのか、さぬきうどん巡りをしている間ずっとホフディラン「遠距離恋愛は続く」「恋はいつも幻のように」が耳から離れなかったんですね。で、まずそれを聴いて、そこからいろいろ巡っているうちになぜか浜田省吾に辿りつき、「悲しみは雪のように」とか「愛という名のもとに」とかを涙ボロボロ流しながら聴いた(笑)。大学生時代の深夜にクルマで環七とか環八とか走っていたころがリアルに思い出される。♪眠れぬ夜は電話しておくれ ひとりで朝を待たずに 真夜中のドライブイン 昔のように 急いで迎えに行くよ〜

で、なんとなくチューリップの「青春の影」が聴きたくなり、1976年の映像に辿りついた。うわー財津が若くてカッコイイ!と思いつつ、そのまま1976年の丸山圭子「どうぞこのまま」へ。いいなぁ。そして高木麻早「ひとりぼっちの部屋」へ移っていき、必然的にポプコンへ。

さぬきうどん6時間7軒8玉

2009年11月 1日(日) 13:48:36

昨日書いたように、1泊2日で香川に行っていた。
約10年ぶりである。もともとさぬきうどんマニアだったことなどは昨日のを読んでください(わりと「へぇ〜、そうだったんですね」みたいな反応をいただいた。最近新しい読者が増えたこともあるのかな)。

講演があった金曜日は3軒だけ。「はりや」「手打ち十段 うどんバカ一代」「こんぴらうどん」。特に「うどんバカ一代」はうまかったなぁ。ボクが回ってたころは競争がなく、狭い地域を相手に誠心誠意打っていた感じだったさぬきうどんも、ブーム以降は競争や刺激が増え、若手も参入し、いろいろと様変わりしているのを実感させられた店だった。競争と刺激は新しい魅力を運んでくる。その影で古い良さが消えていく場合も多いのだが、その良し悪しはここでは論じない。

で、昨日の土曜は早朝覚醒したのだが、ツイッターやメールでいただいた情報を元にコースを構築していたら(店によって開店している時間が違うのでパズルを組み立てるみたいに構築しないといけない)、9時から回り始めるのが効率的とわかったので、二度寝をし、9時に高松の市街地にあるホテルをスタートしたのである。最後の店で食べ終わったのが3時だから6時間食べ続けたわけですね。ちなみに足はレンタカー。

10年ぶりのうまひゃひゃ旅

2009年10月31日(土) 5:19:15

講演で超久しぶり(約10年ぶり)に香川に来ている。

最近読み始めてくださった読者の方はご存知ないかもしれないが、「さとなお=さぬきうどん」と言われた時期もあったワタクシ(→さぬきうどんスペシャル)。さぬきうどんブーム前の1998年(もう11年も前だ!)に「うまひゃひゃさぬきうどん」という本を出したくらいはさぬきうどんマニアだったのだった(本の元原稿は「さぬきうどんをChain Eating!」。読みやすいので是非)。

その後ちょっと哀しいトラブルがあったりして香川は自分の中では封印し、鮮烈な舌の記憶とのみ一緒に暮らしてきたわけなのだが、そろそろ香川への封印も解きたいなと思っていたら、ちょうどいいタイミングで高松での講演の話が舞い込んだという流れ。いや〜、本当に久しぶりだ。昔一緒にさぬきに通った妻からは「ひとりで行っちゃダメ!」と怒られたが、いや、まぁ仕事なので、スイマセン、と平謝りして出かけてきたのである。

山ウズラ

2009年10月30日(金) 5:59:10

あるレストランから「お待ちかねの山ウズラが入荷しました」とメールが昨日の朝に入り、さっそく昨晩行ってきた。前から「いいのが入荷したらご連絡を」とお願いしていたのである。

「山ウズラが入荷したら一緒に行こう」と約束していた先輩に連絡を取ったら「また急な話だねぇ。でも、ま、これも何かの縁だから無理してでも行こう」ということになり、お互いに会食があったのにその会食の前に山ウズラだけ食べにそのレストランへ行くことに。つまり前菜扱いというか、結果的にハシゴの一軒目。まぁそれも何かの縁。

この日の山ウズラは北欧産。いわゆるペルドロー・ルージュである。「ペルドロー・グリの方が稀少です」と説明を受けたが、ルージュで充分(グリの方がより濃厚は味)。素材の味がわかるよう、部位を分けてシンプルに焼いてもらった。ペルドローからとったコンソメも作ってもらい、シャンパンも飲んで、とっても贅沢な一軒目となった。

鱈のピルピル

2009年10月29日(木) 7:16:06

2年前だったか、金沢に行ったとき、「アロス」というスペイン料理の店に行った。
金沢でスペイン料理? と最初は戸惑ったが、金沢在住の人たちがみんな勧めるので、ワイワイと一緒に出かけたのである(たしかハシゴ三軒目だったかな)。地元の大人気店のようで、とてもよく流行っていた。そして何を食べても元気でおいしい料理ばかりだった。いい店だったなぁ。シェフはバスク地方で修業したとかで、地の魚を使ったバスク料理が名物。

特に印象に残ったのは「鱈のピルピル」という料理。
これ、鱈の皮の部分のゼラチン質をオリーブオイルの中に溶け出させ、乳化させていき、見事においしいソースに昇華させるのだが、その過程で料理人は20分から30分、鍋を手でもって火から10センチくらい離し、円を描くように回し続けないといけないのである。「アロス」ではカウンターに座ったので、シェフが鍋をずぅっと回し続ける様を見ることが出来た。実に根気がいる作業。というか腱鞘炎ものだ。大変だなぁ。そして実際に食べたその料理の鮮烈だったこと! その手間がかかる作業を見続けていたことも相まって、なんだかとても記憶に残る味となった。

そのことをずぅっと覚えていて、東京でも「鱈のピルピル」を探していたのだが、昨晩ようやく巡り会った。
渋谷の「アバスク」というバスク料理の店(細かく言うとバスク地方のフランス側の料理らしい)。最近バスク料理の店って少しずつ増えていて、青山の「ローブリュー」も西麻布の「チョコ(TXOKO)」もとても好き。「アバスク」もこぢんまりと親密でとてもよいレストランだった。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。