山本彩香、再オープン

2009年10月21日(水) 7:12:04

はからずも昨日の記事でリンクをしたが(ここ)、那覇の「琉球料理乃山本彩香」が夜の営業をやめ、いったん閉店してから約2ヶ月、今日21日から、昼の営業に絞って再オープンする。
場所も連絡先も変わらない。改装してギャラリーつきのカフェ的空間になったと聞く。メニューもランチ用に大きく様変わりするらしい。

ボクはあの店の、泡盛とともにいただく夜のコースの流れと料理群を「宝物」のように思っていて、味的にも本当に好きだった。あの店がなければ絶滅していた「昔ながらの沖縄料理」も多いし、沖縄の辻料理(花街料理)を継承している彩香さんの料理の本来の姿は「夜」にあると思っている。なので、昼のみの営業となるとちょっと勝手が違うのだけど、幸いにして「豆腐よう」や「どぅるわかしー」などの名物料理は一品として残るようだし、ランチ用に簡略化されたメニューにも彩香さんのエッセンスは必ず宿っていると思うので、食べに行くのがいまから楽しみである(いつ行けるかなぁ…)。

閉店した理由は「カラダが続かない」というものだった。
夜のみの営業だったころの彩香さんの一日はこんな感じだったらしい。朝早く起きて家で販売用の「豆腐よう」をひとつひとつ手作りして梱包し、昼すぎに作業をやめて店に出て料理の仕込みをし、3時ごろいったん家に帰ってシャワーを浴びて着替え、5時ごろまた店に出て店を開け、料理を作り、接客をこなし、夜中に店を閉めて後片付けをして、深夜にようやく家に帰るという繰り返し。
琉球文化の生き証人的な役割もある彩香さんは、それらの合間を縫って、テレビやラジオにも(ある使命感を持って)極力出演する。琉球料理の伝統を守りたい一心から、最高の琉球食材を探す旅もずっと続けている。

「そんなことしてたら倒れちゃうよ」という周りの声をはね返しながら元気に活動していた彩香さんだが、とはいえ1935年生まれである、この毎日がボディブロウのようにじわじわ堪えてくる上に、カラダだけでなくちょっとココロも弱る出来事が続き、悩みに悩んだ末、閉店を決意されたのだった。

でも、昨日の記事ではないが、閉店を発表した直後から、いままでの感謝と想いを「伝える」お客さんが激増し、感激した彩香さんはまた元気いっぱいになり、ランチに絞って再開店することを決めたのだった。そう、お客さんの声が彼女を動かしたのである。


アッコちゃんがこのライブのときに言った「忌野清志郎の葬式に4万人とか40万人とか集まったんだって? そんなのに集まれるくらいだったら、生きてるうちに来い! 生きてる矢野顕子を見に来い!」じゃないけれど、まぁ彩香さん本人に「伝える」タイミングとしてはちょっと遅い。店を閉めると決めた後にわーっと集まってもちょっとだけ遅い(忌野清志郎にしても加藤和彦にしても、死んだ後では伝わらない)。でも、伝えないよりずっとマシ。実際彼女のココロには届いた。そして再出発を決意させた。

ボクは、惜しみなく「伝える」ことをしているうちに、彩香さんと義兄弟みたいな仲になったが、そしてそういう濃いサポーターは周りにたくさんいるのだが、それでも、ボクたちの言葉だけでは彼女は再開店を決意しなかったと思う。
多くのお客さんのひと言ひと言を彩香さんは泣きながらボクに教えてくれる。「それはあなたの料理が本当に素晴らしいからなんですよ」とお伝えしても首を振って「私は当たり前のことを当たり前にやっているだけ。それなのに本当にありがたい」と言うだけである。

孤高の位置に立ち続けている人って(若くて伸び盛りなころは別にして)、謙虚に自分を見つめ直すクセがついているせいか(そうだからこそ、その位置まで行ける)、「自分の客観的価値」がわからなくなっていることが多いんだろうな。加藤和彦もそうだった。ユーミンももしかしたらそうなっちゃっているのかもしれない。

二日連続同じ〆になるけど、もっとちゃんと伝えないといけないと思う。彼ら彼女らとの距離が(ITテクノロジーによって)大幅に縮まった今だからこそ、シアワセをもらったらそれをちゃんと伝えないと。買うとか食べるとかいうだけでなく、もう一歩行動に移さないと。

そう思っている方も多いようで、昨日の記事にメールやツイッターで共感の反応をいっぱいいただいた。どうもありがとうございました。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター
(株)ツナグ代表。(株)4th代表。独立行政法人「国際交流基金」理事。復興庁政策参与。公益社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。東京大学大学院非常勤講師。上智大学非常勤講師。
朝日広告賞審査員。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。
現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。
本名での著書に「明日の広告」「明日のコミュニケーション」(ともにアスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。
花火師免許所持。
東京出身。東京在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園夙川芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao[a]satonao.com まで(←スパムメール防止のため、@を[a]にしてあります)。

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