「琉球料理乃山本彩香」最後の夜

2009年8月29日(土) 13:58:00

ayaka1.jpg昨日のお約束通り、「琉球料理乃山本彩香」のボクにとっての最後の夜のことを書こうと思う。

彩香さんの前の店「穂ばな」のときからずっと通って約15年くらいかな。この店の豆腐ようのことを拙著「胃袋で感じた沖縄」(「沖縄やぎ地獄」と改題して文庫化)に書いた10年くらい前からは特に家族ぐるみで親しくさせていただいている。

ボクは特定のお店と親しくなったりすることがほとんどないのだが、この店だけは特別。この店がなければ失われていた琉球料理が数々あることを知ってからは、琉球料理全体のためにも積極的に関わろうとしてきたし、これからも応援していこうと思っている。いろんな出来事があったし、閉店騒ぎもあった。ボクのサイトを見て来店してくださる方があまりに多い上にお人柄的にも素晴らしいお客さんばっかりということもあって(本当にありがとうございます。ボクの誇りです)、いつしか血を分けた兄弟扱いまでしてくれるようになった。琉球語で「うみない」「うみきい」と呼び合う仲(笑)。

その店が終わる。
彩香さんの年齢的・体力的な限界もあるし、いつかはそういう日が来ることはわかっていたんだけど、でも、これがボクの中でどれだけ痛く哀しいことであるか。この店が沖縄に存在する、ということがどれだけ自分の逃げ場になっていたか、失おうとしている今、改めて痛切に感じている。沖縄に行く理由まで無くなっちゃいそうである。まぁ10月から昼の営業に絞って再開はするのだけど、琉球の辻料理(花街料理)の真髄である夜の営業が終わるのは大きな変化。自分の中の大きなカケラがなくなってしまうような喪失感がある。

そんな想いはとりあえず胸の奥の奥に仕舞いこみ、店の最後をニコヤカに見送るつもりで行ったのがおとといである。この日のために体調を整え、気持ちも整理し、万全を期して那覇に向かった。ポジティブに彼女の「チェンジ」を応援したいから。

ヒコーキが那覇に着いたのはお昼。
空港で、今回の同行者である小山薫堂さんと飯島奈美さんと待ち合わせ、まずはそのまま「亀かめそば」(観光客があまり来ない地元民のための沖縄そば屋)に行って昼ご飯を食べた。

どうしてこのメンバーになったかを簡単に書くと、今年の春だったかに薫堂さんとご飯を食べているとき、翌日から沖縄に行くと言うのでこの店を紹介したのである。そしたら彼と彩香さんが意気投合し、彩香さんに「今度はボクと薫堂さんのふたりで是非来て」とねだられたのである。お互いの予定をパズルのように組み合わせ、ようやくおとといが実現した。
奈美さんはそのパズルの最中にタイミング良くメールをくださったことが直接のキッカケだけど、間接的には彼女が「彩香さんの後を継ぎたいくらい、長く彼女の料理に憧れていた」ことが伏線になっている。映画「かもめ食堂」以来の超売れっ子フードスタイリストである奈美さんと彩香さんの出会いが何かを生むことを、ボクはすごく期待している。そういう下心もあってご一緒したのであった。

「亀かめそば」での昼ご飯後、泡盛「春雨」を造っている宮里酒造所に行って宮里社長自らの志高き泡盛談義を伺った(ボクは前回に続き二回目)。「琉球料理乃山本彩香」では、泡盛は「春雨」しか使っていない。彩香さんがそれくらい惚れ込んでいる酒造所である。
沖縄在住の陶芸家のポール・ロリマーさん(お店で使用している陶器はほとんど彼のもの。ボクも甕などの作品をいくつか持っている)も来られ、みんなで「春雨」試作品の試飲。もうここまでですでに超楽しく、いろいろ長々書けるのだが、キリがないので省略しよう。

で、一度解散してホテルで休み、夜7時に「琉球料理乃山本彩香」に再集合した。
ボクと薫堂さんは彩香さんからいただいたお揃いのオバマTシャツを着ていった。閉店の「チェンジ!」の意味を込めてるんだけど、着て歩くのはかなり恥ずかしかったな(笑)

広間のテーブルをくっつけて、初めましての方たち(でも何かしらつながりがある方たち)と9人の大テーブルに。
ボクたち3人以外には、大阪から来たTV系プロダクションの方々3人(薫堂さんとTBS「世界遺産」を制作している)、旭川から来たお医者さん夫婦(お店の常連でボクの読者でもある)、そして宮里酒造所の宮里社長。
そして、後からわかったが、この9人以外のカウンターなどのお客さんも、ボクの読者の方が3人、昔のお弟子さんたちが4人、サプライズを演じてくれた琉球音楽の名人たちが4人、など、なんだか異様に濃い空気になっていた。閉店まであと3日あるが、実質的に最終日のような集まりになっていたのである。

料理は静かに始まった。
でも、この店を深く愛する人たちの集まりである。なんというか空気がとても温かい。そして、やがて楽しくも奇跡的な時間に突入していったのである。

nami.jpg本当に奇跡的で、なんとも贅沢な時間であった。
贅沢その1は、泡盛「春雨」の熱い造り手、宮里徹社長が横に座って、料理の進行に合わせて自ら「じゃ、最初はこの25度の泡盛で」「この料理には秘蔵の古酒で」「この料理には意外と泡盛のお湯割りが」とか、いろいろ演出してくれたこと。これがなんと贅沢かつ美味しいことか。
贅沢その2は、彩香さん渾身の料理群を、あの飯島奈美さんが取り分けてくれたりすること。ファンに殺されそうなほどの贅沢。あぁシアワセ。
贅沢その3は、オスカー脚本家であると同時に食の達人でもある薫堂さんの感想やら反応やらを目の前で聴きつつ見つつ食べられること。そのうえ彼の趣味であるカメラ(ライカのエルメス・コラボ機を持ってきていた)でバチバチ写してもらえること。贅沢だなぁ。

まだまだ贅沢は続く。
贅沢その4。これはね、サプライズだったんだけど、途中で琉球音楽の生演奏が入ったこと。この店で生演奏を聴いたのは初めて。沖縄県立芸大の比嘉康春教授自らが三線を弾き、琉球琴や胡弓、琉球笛など、4人で唄つきで演奏してくれた。これはお店閉店のための特別演奏であり、かつ薫堂さんオスカーおめでとうの演奏でもあった。素晴らしい演奏と唄。声がまたいいのである。あぁ楽しい。

ayaka_odori.jpg贅沢その5。その演奏に合わせて、まずは店員かつ彩香さんの一番弟子でもある由美子さんの琉球舞踊が見られたこと。
そして、なんと彩香さん本人の唄と琉球舞踊(写真)。昨日も書いたけど、彩香さんは文部大臣賞をもらっているくらいの琉球舞踊の名手。その全盛期にきっぱり踊りをやめて、料理の世界に入った人。だから彼女の料理の随所に「型」が感じられる。それは琉球舞踊の名手だからこそのことである。その踊りを目の当たりに出来た。
それにしてもわりと長いつきあいだけど、初めて彼女の舞踊を見たなぁ。動きにまったく無駄がない美しくもシンプルな踊りだった。その後、お店に集まっていた昔のお弟子さんたちも全員出てきてのカチャーシー。あぁ、なんという贅沢。

まだあるぞ。贅沢その6。素晴らしいお客さんたち。
彩香さんの料理の価値、この店の価値を心底わかっている人たちがわざわざこの日のために日本各地から集まってきていて、一期一会の想いとともに彼女の料理を深く深く一緒に味わったこと。この感じを共有できる方々とこの店の最後を楽しめたことが一番の贅沢だったかも。

いや。やっぱり一番の贅沢は、いまや日本の宝だと個人的に思っている彩香さんの料理を思う存分味わえたことかな。
その日の料理はまたすごかった。深い愛が込められていつつ奥底に迫力のあるもので、いままでたくさん食べた彼女の料理の中でも一番うまいくらいであった。メインで特別に鍋ごとの「足てぃびち」が出たが、これがまた渾身の出来。この足てぃびちはね、これだけで本の一章が書けそうなほどの味。うますぎた…。

料理が終わってからも、大阪組からのプレゼント(吉岡幸雄先生が染めた柿渋染めのバッグ。すごい!)があったり、入り乱れての記念撮影会があったり(それだけで1時間くらいやっていた)、ボクたちも持ちきれぬほどのお土産をもらったりして、24時すぎに別れを惜しみつつようやく解散した。彩香さんとはお互いに「ありがとう」の言い合い。言葉なんて他に何もいらない。

なんと素敵な夜だったことか。
こういう時間を過ごすためにいろんな小さな出会いや別れ、喜びや悲しみのカケラを積み重ねてきたのだなぁ、それにしてもボクは恵まれているなぁ、とかいろんな感謝を思いつつ、ホテルへ。

考えてみたらおととい起こったことは、すべて「このサイトをやっていなかったら起こらなかったこと」であった。人のつながりも何もかも。しこしこと長く発信を続けてきて良かったなぁと心から。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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