南仏旅行2013 その5「プロバンス〜ボーヌ〜コート・ドール〜最終日」

2013年9月24日(火) 11:03:47

capelongue6.jpgさて、南仏旅行の残りを一気に書いてしまおう。

今回書くのは6日目7日目。プロバンスはリュベロン地方の小さな村をいくつか周ってボーヌに至り、ボーヌのワイン畑を巡った2日間である。

前日はアンスイ、ルールマランと巡って、ボニューの想い出のホテル「La Bastide de Capelongue」に泊まったのだけど、ボニューの街は訪ねなかったので、まずはボニューの街へ。あ、写真は「La Bastide de Capelongue」のメゾネットタイプの部屋の2階から撮ったもの。美しすぎて家族3人で何枚も何枚も撮ったんだけど、写真では捉えきれないなぁ。

ボニューは素朴な小さな村。
感じはとてもいいのだけど、特に見所もない。というかだんだんリュベロン地方の美しさに馴れてしまってきているので「あー、なるほどねー」な感じw 「馴れは幸せ感性の最大の敵」だなぁw 少しだけクルマを降りて散策し、次はラコストへ。

lacoste.jpgこのラコスト、寂れた小さな村なのだけど、その寂れ感がなんともよく、実に気に入った。
で、写真の風景を撮っていたら、急に記憶が蘇った。2002年のカンヌ広告祭出張のあと、ここ、来てるわ。三島英人くんとふたりでのドライブ旅行で、ガイドブックもろくに見ず立ち寄ったこの村で、なんだかとても感動したの思い出したわ。

そこから記憶の糸がどんどんほぐれ始め、ラコストでの記憶が蘇った。あー、ここ、確かに来たなぁ。大好きだと思ったなぁって・・・

記憶がある土地に思いもかけず再会する幸せよ。
脳の隅っこの薄暗い土蔵にしまってあった記憶の扉がすっと開く快感よ。

ラコストの寂れた道を歩きながら、なんだか涙が出そうだった。

後ろ髪引かれつつ、メネルブへ。
ここは2002年のときは時間がなくて通り過ぎたんだった。

メネルブは「南仏プロバンスの12ヶ月」を書いたピーター・メイルが住んでいたことで有名な村だ。
いつかはちゃんと訪れたいと願っていた。

mene1.jpgピカソも恋人のドラ・マールを伴って一時期住んでいて、ピカソの死後、彼女はひとりでこの村に住んだらしい。よっぽど気に入ったんだな。ドラ・マールの家からは広くプロバンスの景色が見渡せる(写真)。

もっと小さな村かと思ったけど、意外と広く、お店などもわりとある。今度はこの村に泊まってみたい、と思わせるくらいいい村。観光客も多かった。

メネルブを出て向かったのは、旅人たちが絶賛するゴルド村。

山の上にある、いわゆる鷲の巣村なのだけど、行く途中の山道から見る城砦にはさすがに息を呑むものの、中はそんなに驚かなかったなぁ。カルカッソンヌを見てしまったせいかもしれない。あーまた中世ね、みたいな感じ。優子も響子もそんなに乗らず、多少土産物を買った後カフェに入って簡素な昼食をとり、すぐに移動。

ゴルドからはまっすぐアヴィニヨンに行き、TGVの駅に行って5日間お世話になったクルマを返し(オペルだった。運転しやすい良いクルマだった)、電車で移動。リヨンでいったん乗り換えて、在来線に乗ってボーヌへ。

フランスの列車は座席の質がよくて気持ちよかった。TGVも在来線も。
どちらも旅人仕様に出来ていて、荷物置き場も充実してるし座席もいい。ビジネスマン仕様に出来ている日本とはずいぶん方向性が違う感じ。

bisoh.jpgで、ボーヌ。
ブルゴーニュの名産地にしてコート・ドール(黄金の丘)と呼ばれるブドウ畑が続く丘陵地帯の中心都市である。

このボーヌには「媚竈(びそう)」という和食レストランがある。

この店をやっている澤畠樹彦・祥子夫妻と、7〜8年前くらいからなぜか仲良しになり、彼らが来日したら必ず一回は夜ご飯に行く関係だったのである。今回ようやくこちらが訪ねていけることになり、ちょうどお店のお休みとも重なったので、この日の夜と翌日丸一日、おつきあいいただいたのである。

ちなみに、余談になるけど、東北大震災時に「Pray for Japan」のマークを作ったのだけど、そのきっかけは澤畠夫妻である。震災の2日後のブログにその経緯を書いたのでもし良かったら読んでみてください。

で、ボーヌに着いて、駅前のホテルに荷物を置き(最終日に朝6時すぎの電車に乗るので駅前にした)、澤畠さんたちと落ち合って彼らの紹介してくれたレストランへ。というか、南から来たせいか、ボーヌの寒さに参った。3人とも薄着しか持ってなかったのでブルブル震えながら。

madeleine.jpgその店は「CAVES MADELEINE」。

地元の人でいっぱいで予約がとれない店らしい。カーヴのような作りでなかなかお洒落(店内の様子は他の人のブログ参照

オーナーと友人の澤畠さんのセレクトでビオワインとか地元料理とか。
何を食べても美味しく、あーこの店セレクトしてくれて本当に感謝! とてもいい夜だった(写真はオーナーと澤畠夫妻)


さて、このまま7日目を書いてしまおう。

この日は丸一日、澤畠さんの運転でこの辺を案内してもらうという贅沢な日。

closdevougeot.jpgコート・ドール地区をずっとクルマで走ってくれ(この辺りのことはたとえばこのサイトなど参照)、ディジョンやら地元レストランやらも案内してくれ、なんと「アンヌ・グロ」の醸造所で試飲までさせてくれて、夜はムルソー村にある澤畠さんの自宅でご飯まで食べさせてくれるという至れり尽くせり。

ボクはこの旅でずっと運転してたので、運転せずに済む上に「飲める!」のがうれしく、この日は一日中飲んでたなぁ。。。

そのうえ、通り過ぎる道の標識名が、ワイン好きにはお馴染みの村名だらけ。
これはたまらんw

車窓からのコート・ドール(黄金丘陵)の景色も素晴らしい・・・実は雨の予報だったのだが、超晴れ男のボクがいるから全然問題はなく、途中からウソのように晴れ上がった。収穫直前のブドウの葉が燦めき、本当に美しかった。

そんな景色の中、まずはディジョンのマルシェへ。

dijon1.jpgエッフェルが設計したというその建屋も格好良く、まぁほんと美味しそうなものばかり。ここは何時間いても飽きないなぁ。

というかディジョンの人がうらやましすぎて歯ぎしりする気分。あまりに飽きないので途中からむしろ「こんなシアワセな風景、見たくない」と、気分的に素っ気なくなったほど。

娘の響子なんかも「またディジョンきたいー」と言っていた。帰りの電車で「ディジョンの中心に電車でフランスを回るには・・・」とか計画を立てていたくらいである。
ボクも妻も依存なし。この街はいいわ。とにかくうまそうw 街中のちょっとした総菜屋やチーズ屋やワイン屋まで全部おいしそう。しかもセンスがなかなかいい。

どっかアパートメントでも借りて、いろんな食材買ってきて料理して食べてみたい!

anne.jpgそこからアンヌ・グロの醸造所へ。

アンヌ・グロ!

まぁ、ある程度ワインをご存知の方なら説明はいらないと思う。ここに行けること、アンヌ・グロご本人にお会いできることなどのシアワセはわかっていただけると思う。澤畠さんに感謝!

アンヌさんの娘さんの案内で試飲した。
村名ワインからシャンボール・ミュジニィ、クロ・ヴージョ、そしてエシェゾー、リシュブール! 

いやー満喫。その後、アンヌ・グロがラングドックで作っているワインまで飲ませてもらい、まったく吐き出さなかったボクは(試飲では吐き出すのが普通)、かなり酔ったw アンヌさんご本人にも挨拶でき、大満足。

ランチはLadoix(ラドワ)という無名な村にある「Auberge de La Miotte」で。

地元人が行く、知る人ぞ知る店らしい。ここ、経営陣の関係だったかで「コシュデリ」が異様に安く飲めるので有名な店でもあるらしい。

観光客が来にくい場所にあることもあり、「あーこれがホントの地元料理なんだろうなぁ」と思わせる味。エスカルゴとかウフ・アン・ムーレットとかブフ・ブルギニオンとか、地元料理をゆっくり(もちろんいいワインと共に)食べた。

conti.jpgで、そのあとはワイン畑のドライブ。

ムルソーの畑とか縫いつつ、ロマネ・コンティやらモンラッシェやらの畑を見て(まぁお約束)、本当に満喫した。
地元の澤畠夫妻が案内人なんで、村の中に入って「ここがロマネ・コンティのオーナーの家で」とかくわしくくわしく教えてくれる。ありがたし。

その後、ボーヌの澤畠さんのレストラン「媚竈」に行って試飲したり、ボーヌを散歩したりしたあと、ムルソー村の澤畠家へ。

地下にセラーがある中規模の一軒家で、もうなんというか「日本人が憧れるフランスの田舎暮らし」そのものな感じ。飼っているラブラドール・レトリバー(ゆずという名前)も可愛く、あーなんだかうらやましすぎて・・・

sawahata1.jpgまずはムルソーの畑を遠くに見ながら、2階のテラスでシャルキュトリーなどいただき(もちろん美味しいワインとともに。写真に写り込んでいる電線・電柱も数年後には地中に埋められるそうで、そうなると本当にいい景色になる!)、その後、ダイニングに行って、この夜のためにわざわざご用意いただいたシャロレー牛をシェフ自ら焼いてくれたのを食べたり。

そこでも飲む飲む。

途中からボクのiPhoneに入っていた聖子ちゃんとかをみんなで聴いて歌ったりw
ムルソー村の夜に響き渡る聖子ちゃんw

なんだか一日中おいしいワインを飲んでもういい加減酔っており、最後の方の会話はあまり覚えてないんだけど、澤畠家を出て、ムルソーの畑の真ん中で、街灯もない真っ暗な中で見上げた星空の美しさはなんか目に焼き付いている。澤畠ご夫妻、本当にお世話になりました。ありがとうございました。


・・・旅の記録はこれでおしまい。
トゥールーズからラングドックを抜けてプロバンスからブルゴーニュへ一週間の旅でした。

写真は数千枚撮ったので、まだまだいくつもお見せしたい風景なんかがあるんだけど(可愛い店や街角の変なものとかも含めて)、旅を実際にしてない人にとってはそんなに面白くもないと思うので、そのうち思い出したときにポツリポツリと「旅の小ネタ」としてアップできたらアップします。

というか、やっぱり後から思い出して書くと「まとめ」になっちゃうな。その場で書かないと。とか反省しつつ、おしまい。南仏はまた行きたい。やっぱりパリよりずっと好きだ。

翌日はボーヌ駅から朝6時すぎの電車に乗ってディジョンで乗り換え、シャルル・ド・ゴール空港へ直行。そのままヒコーキに乗って東京に帰ってきた。

meursault.jpg慌ただしい手作り旅だったけど、家族3人、特にケンカもせず、ゆっくり楽しめた旅だった。次は・・・ニース方面からイタリアに抜ける旅か、シチリアか、はたまたポルトガル再訪か。

最後の写真は澤畠家のテラスから見た、ムルソー村の教会の尖塔。
夕陽を受けて、尖塔だけ黄金に輝いた瞬間。

旅って、そういうことだよな、日常のちょっとの部分が黄金色に輝いて、それが人生全体を少し魅力的に照らす・・・

ムルソー村の気持ちいい風が吹き抜けるテラスでそう想ったことを妙にはっきり覚えているので、旅の最後に記しておく。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター
(株)ツナグ代表。(株)4th代表。独立行政法人「国際交流基金」理事。復興庁政策参与。公益社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。東京大学大学院非常勤講師。上智大学非常勤講師。
朝日広告賞審査員。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。
現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。
本名での著書に「明日の広告」「明日のコミュニケーション」(ともにアスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。
花火師免許所持。
東京出身。東京在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園夙川芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao[a]satonao.com まで(←スパムメール防止のため、@を[a]にしてあります)。

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