大人が教えるべきこと

2006年11月14日(火) 8:55:24

おとといの「復讐としての自殺」にメールをたくさんありがとうございます。
「昔、わたしも同じように考えてました」というのが多かったです。やっぱそういう人多いのね。もしそれが今の小中学生でも同じなら、大人が「命の大切さ」を説けば説くほど復讐効果は増すわけで。そんなに大切で尊いものを捨てての抗議は相手に必ず通じ、相手を反省させ、自分はいよいよ悲劇のヒーロー(ヒロイン)になれると思っちゃうわけで。んー、ちょっと逆効果。危ない流れかも。「命なんか捨てても相手はたいして気にしない」「相手は『な〜んだ、やり甲斐ねぇな』とか思う程度でヘラヘラと次の攻撃目標を探すだけ」くらいにクールに説いた方が効くのかもしれない。実際そうだし。

あとは「生きていると楽しいことがいっぱい待っているぞ」と、大人が普段から身をもって教えることかな。
そりゃ大人がつまんなそうな顔して生きてりゃ子供も生を軽んじるわいな。死ぬと損、これからいっぱいある楽しいことが味わえないよ、って「現世御利益的な損得」で説いた方が子供には通じる気がする。

もし読者に小中学生がいるなら言っておく(たぶんいない。あ、娘か)。

まる

2006年11月13日(月) 7:14:58

おとといのボクの句(?)「冬きたる犬のウンチの湯気がホワッ」を受けて、お二人の方が投句してくださいました!

 冬立つや犬のウンチの湯気向こう
 腰屈めモワリとぬくし犬の糞
 落ち葉散り犬のうんちは湯気昇る
 行く秋に犬の標さんウンチかな
 内股を震わす犬に冬きたる

 黄落をまとって落ちる犬の糞
 初冬や犬のゆまるの湯気避ける
 生者へと湯気立て犬の落し物
 湯気立てる犬のゆまるを見ていたり

復讐としての自殺

2006年11月12日(日) 10:23:52

中学時代に一人なぜかボクにしつこく暴力をふるってくるヤツがいた。いま考えればある種の「親しみの裏返し」だと思うのだけど、当時は本当にイヤだった。そいつ一人のせいで学生生活は一時期真っ暗だった。集団のイジメは経験したことないけど、アレはある意味イジメだったのだろう。学校という小さな世界に生きていた当時のボクにとっては大問題。切迫してた。

わりと追いつめられたボクは、自殺もちょっと考えた。
発想的には「そいつが強烈に後悔するようなことをして復讐する」である。ボクは当時からでかかったが、そんなボクでもかなうわけないくらい筋骨隆々の彼に、それ以外の仕返しは思い浮かばなかったのである。「ボクが自殺したらオオゴトになって、彼はめちゃくちゃ怒られるだろうし涙を流して反省するだろう。みんなボクの葬式で泣いてくれるだろう」という自己憐憫的思いつきに一瞬夢中になり、自分の「悲劇のヒーロー具合」に酔い、視野が狭くなって行くあの感じ。生々しく思い出せる。

そういう発想をしているとき、親に相談するとか先生に相談するという選択肢はない。思い浮かびもしなかったと思う。自分が彼をそういう方法でやっつけるという構図に酔っているから内緒に決まってる。バレたら止められた上にものすごく怒られて、下手すると彼に連絡が行って、事態は悪化するからね。

冬きたる

2006年11月11日(土) 9:58:56

冬きたる 犬のウンチの湯気がホワッ

早朝、犬の散歩中に詠む。
うはは。犬のウンチを拾おうと屈んだらホンワカと温かそうな湯気がウンチから立ち上っていて、その湯気で冬の訪れを知ったワタクシ。でもね、上の句は「行く秋や」の方が寂しくていい気もするし、「落ち葉散る」とかの方がウンチを拾う時の情景(ウンチの周りに落ち葉が散っている)が広がる気もする。でも焦点がぼける気もする。どうなんすかね、俳句を詠む読者のみなさま。

ま、そうやって風流(?)を楽しんでいたらいきなり大雨に降られズブ濡れになりつつ帰ってきました。帰ってきたら「あぁ、可哀想!」と犬を抱っこして洗面所に駆け込む妻。オ、オレは?

チェイニーのカモ狩り

2006年11月10日(金) 8:57:38

んー、なんちゅうか、いつも理解できないのはアメリカ(たぶん欧州も)の政治家の休暇意識だ。
ブッシュの長期夏休みも「国のトップがそこまで長く休んでいるってどうよ?」っていつも思うけど(まぁ激務は激務だろうけどそれにしても)、今回も不思議。共和党が敗北してラムズフェルドが更迭された当日、チェイニー副大統領はカモ狩りを楽しむためにサウスダコタ州にいたという。選挙の翌日だよね? まぁホワイトハウスは直接関係ないのかもしれないけど、今後の趨勢を決める日に副大統領が休暇かよ(まぁ更迭発表のためにあえて休暇をとらせて席をはずさせていた可能性はあるが、それにしても)。

昨日は夕方からある同期と広告コミュニケーションの議論で盛り上がり、気がついたら数時間経っていたのだけど、なんつうか「インターネットを触らずにインターネットのことを語る人が多すぎ」なのをこの頃特に感じる。評論家すか?(あ、この同期のことではなくて)
評論家ではない「制作者」は、生活者(消費者)としてもっともっとネットに触ってみるべき。そうしないと生活者のメディア接触行動を実感を持ってはわからないと思う。それがわからないとメディア・ニュートラルにキャンペーンを組み立てることなんて無理じゃないかな。距離置いて見ている方がわかる、と言う人もいるけど詭弁。一度はどっぷり浸かってみないとわからないことが多いし、毎日使ってないとすぐ古くなることも多い。先月流行ったある手法が今月にはもうとっくに古くなっていることもネットの世界では普通だし。

あー、それにしても天気がいいな。自転車通勤日和♪

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。