TEAM NACS公演「HONOR 〜守り続けた痛みと共に」
2007年3月15日(木) 8:54:34
ひょんなことからお知り合いになった森崎博之さんのTEAM NACS「HONOR 〜守り続けた痛みと共に」の東京公演を観てきた。「水曜どうでしょう」やドラマ出演で人気が出ている大泉洋が所属する劇団、と言った方が通りが良いのかもしれない。北海道を本拠地にしているたった5人の劇団である。森崎さんがリーダーをやっている。
実はあまり期待していなかった。まぁこれからどんどん有名になって行くにしても、まだ地方の小劇団の域を出ていないのではないかなぁと思っていた。前評判は高かったが、一部のコアなファンによるもの、と思っていたのである。天王洲銀河劇場なんていう大箱で大丈夫なのかとも心配した(立ち見が出るくらいの超満員だったけど)。
また、題名の感じから、なんとなく第三舞台の初期名作「朝日のような夕日をつれて」に近い先入観を持っていた。なんかみんなで声合わせて青臭いセリフを言いそうな。1980年代の匂いがするような。「小劇団臭」がするような。
ポジティブに続く道
2007年3月13日(火) 8:20:54
女性作家がなぜか続いたのでいっそのことしばらくそうしてみよう、ということで、島本理生の「ナラタージュ」を読みはじめた(どうしてもナタラージュと言ってしまう:笑)。彼女の本は初めて。
この本はどうだかまだわからないが、男性作家に比べて女性作家は「ポジティブ」なテーマや結末を持っていることが多いと感じる。
3年ちょっと前に読んだ「どこにでもある場所とどこにもいないわたし」で著者・村上龍があとがきでこんなことを書いている。
強力に近代化が推し進められていたころは、そのネガティブな側面を描くことが文学の使命だった。近代化の陰で差別される人や取り残される人、押しつぶされる人、近代化を拒否する人などを日本近代文学は描いてきた。近代化が終焉して久しい現代に、そんな手法とテーマの小説はもう必要ではない。 (中略) この短編集には、それぞれの登場人物固有の希望を書き込みたかった。社会的な希望ではない。他人と共有することのできない個別の希望だ。文学の使命が変わったんだな、と普通に思う。
変わって久しいからこそ、どの本を読んでも希望の匂いがするようになった。女性作家の方がそれが顕著である。「近代化の終焉」に敏感なのだろう。
そういえば、最近若者にはやりの「泣かせ小説」だって涙の向うに希望の光がある。
サイトをやりはじめたころ、ネットがネガティブ・メディア(アンチ・メジャーメディア)だったこともあり、ボクもレストランや本をネガティブめに書くことが多かった。グルメ評論家やメジャーメディアが褒めるために褒めるなら「ネガティブな側面」を書く、みたいな姿勢である。そしてそれは有効だったと思うし、そこそこお役に立っていたとも思う。
赤い男
2007年3月11日(日) 10:55:55
仕事柄、そしてプライベート柄、マックのMacBook Pro15インチを常に持ち歩いている。
重いのでショルダーバッグよりもバックパックの方が重宝するのだが、15インチはさすがに大きい。このバックパックとこのバックパックをローテーションで使っていたのだが、前者は無理矢理15インチを入れていたせいで壊れてしまった(ファスナーがボロボロになってオシャカ)。後者は革製でバックパック自体が重いので、服と合わせる時以外出動しない。というか重くなりすぎてちょと苦痛。
こりゃ困った、といろんなカバンを見て歩いていたのだが、先日あるバッグに決めた。買って1ヶ月以上になるのだがなかなか快適である。TUMIとDUCATIのコラボのヤツ(写真)。15インチが楽々入る上に軽くて丈夫。今のところとても気に入っていて他の2つくらいとローテで使っているが、派手なのでそーとー目立つのが難。ジロジロ見られる。でもそんなこと気にせず、黒に鮮やかな赤が入ったReebokとか履いてコーディネートして楽しんでいる。
ちゅうか、最近「赤」が無性に好きになってきた。
以前は緑とかオレンジが好きだったのだが、色の好みも変わるのだなぁ。
今では下着も赤だし(笑)、メガネも赤にした。あ、そういえばサイトの色使いも赤だな。
