ウォーキング・ノルマ

2009年5月26日(火) 8:07:50

先週は体調が悪かったので、二日間会社を休んだ(土曜は出社したので、日曜ふくめて週7日のうち3日休んだことになる)。体調が悪くて休んだので、当たり前だが休んだ日は家にいた。つまりウォーキングしていない。

ボクがポケットに持ち歩いている歩数計は週7日で23Ex消費するのがノルマである(この日のさなメモ参照)。一日ごとのノルマではなく一週間でのノルマだから、どこかで歩かない日があっても取り返しがつく仕組み。で、ボクの設定では一週間は火曜に始まり月曜に終わるようになっている。これ、つまり、疲れ切って土日にウォーキングをさぼっても月曜に取り戻せるように月曜を最終日にしているわけ。

いや、何が言いたいかというと、先週はウォーキングを3日さぼった結果、昨日の月曜(最終日)のノルマが凄まじくなっていたということ。計算上3時間弱歩かないといけないことになってしまっていた。3時間! 普通の生活では無理である。

半藤一利著「幕末史」

2009年5月25日(月) 7:48:42

幕末史半藤一利の「幕末史」(新潮社/1800円)を読んだ。
500ページ弱の大部ながら、あまりに平明で面白く、読み終わってすぐ昨日一日かけて再読してしまった。あぁ脳味噌内で従来の幕末知識が新しい視点を与えられ、シャッフルされソートされ正しく並び替えられるこの快感よ。しかも超やさしい記述。丁寧にしてホスピタリティに溢れている。

ボクの歴史遍歴は「源平〜戦国〜幕末」で、それが「小〜中〜高」とシンクロする。
ご存知の通りかなりの凝り性なので、特に高校の時に凝った幕末は「学者になれるレベル」と自負していた。まぁいま考えれば「単に歴史小説を多読濫読しただけの超マニア」でしかなかったのだけど。海音寺・司馬遼・子母澤らの視点を出発点に、あるレベルには達していたとは思うが、幕末オタクの域を出ていなかった。そしていまではその大量の知識もほとんど空の彼方。幕末にくわしかった、という自負だけが残った状態。

でも、あのころ身につけた幕末の知識って見事に「薩長史観」であり、攘夷のことも無血開城のことも戊辰戦争のこともほとんど何も知らなかったのだとこの本を読んでいたく思い知らされた。ちゃんと鳥瞰俯瞰できていない地を這いずる虫の目線での幕末史観だったのだ。細部には異様にくわしいが全体が見えていなかった。そしてそのままオトナになっちゃった。

ボクはマスクをしないことにしました

2009年5月24日(日) 18:36:18

昨日は仕事。CM編集だったので長くなったが、ギリギリ終電で帰ってきた。
土曜の終電だと言うのに超ラッシュ。ホームから人が溢れる。ぎゅう詰めでなんとかギリギリ乗れた状態。これだけ他人と密着するとインフルエンザなんか一発でうつりそうである。でも、関西の報道写真にあるような「全員マスク姿」とかでなくて良かった。マスクしている人はほんの5%くらい。本格的流行前とはいえ、少しずつ「予防にマスクは効かない」ということが普及してきたのかもしれない(いや、単にみんな酔っぱらって面倒がっていただけかも)。

数日前から「インフルエンザ予防にマスクは不要」ということについて書こうと思っていて、東京偏重報道の話題が一区切りついたら書こうと思っていたんだけど、ここ数日でバタバタとそういう論調がテレビや新聞で出てきましたね。
ボクの場合、メールでいろんな意見をもらったのがキッカケ。それまでは「マスクは有効な手段だろう」と考えていたんだけど、実際に自分で調べて、いまや「予防目的でマスクは不要。不要なのに買って消費することはマスク品切れにつながり、本当に必要な人(罹患した人や医療関係者)に迷惑」という考え方に変わっている。

ええ、ボクは(予防目的では)マスクはしないことにしました。
もしインフルエンザに感染したら、もしくはそれっぽい症状が出たときは、他の人にうつさないようにマスクをしますけどね(病院への往復とか)。それは有効らしいので(咳などで飛沫が飛ぶことをある程度防ぐ)。でも予防目的で毎日消費することはしない。

地方文化を壊したもの

2009年5月23日(土) 9:33:12

昨日のさなメモにはたくさんの強い共感メールをいただいた。100%首都圏以外在住者もしくは首都圏在住の地方出身者からですが(笑)。東京生まれ東京在住の方にはやっぱりピンと来ないのかもしれない。「あーそうなんだ、ふーん…。それで?」という感じかも。

でもね。報道や文化や意識の「東京偏重」を東京の人自身が客観的に知り、自覚することはとっても大切なことだと思う。
ホントの意味での地方活性化も地方分権推進もそこから始まる。第一歩。「全国的に東京中心意識を垂れ流すこと」は、ボディブローのように地方の地盤沈下に効いている。よく東京の人が「どの地方に行っても駅前がミニ東京みたいでつまらない」とか言うが、そういう東京模倣現象は実は東京中心意識の垂れ流しから来ている。その中でも最も影響力を持つのがテレビの東京偏重。予算の都合などもあるだろうし、東京で起こっていることを地方に伝えるのも大事だ。でも、知らず知らず東京偏重・地方軽視になり、地方の人の心を毎日のように傷つけてきたのは確か。

毎日傷つけてきたなんてオーバーだと東京在住の人は思うかもしれないけど、たとえばテレビの全国放送のニュースやバラエティで毎日ニューヨークの話題や事件、ニューヨークの天気や気温、渋滞情報、グルメ情報、ニューヨークのことを知らないと理解できないギャグだとかニューヨークに小さいハリケーンが近づいたという大騒ぎだとかを延々放送されたらどう思います?
地方の人の現状をたとえて言うならこういうことだ。傷つき、呆れ、馴れる。

東京偏重報道について

2009年5月22日(金) 9:28:50

昨日の「東京偏重報道」への言及に対して、首都圏以外に住んだことがない方から「どこが偏重? 重大だから放送するのでは? 不公平? 自分が関東にずっと住んでいるからか地方との差別化を感じることはほとんどありません」と疑問のメールをいただいた。まぁ確かにずっと首都圏を出たことないとわかりにくいかもしれませんね。

たとえば九州在住の方からメールでもいただいたけど、台風のときが一番顕著にわかりやすいです。
台風が来て沖縄や九州が大変なことになっていても、東京発の全国放送ではほとんど報道されない。でも、かなり勢力が衰えたその台風が首都圏に接近すると、それだけで一日中「全国的に」トップニュースで流れ大騒ぎするんですね。関西に住んでいたときもうんざりしてました。「いや、もう関西は通り過ぎたんで。なんで全国放送のトップにして延々詳報を流すかなぁ。東京の台風情報は首都圏版の放送でやってくれよ」と。沖縄や九州の人なんかもっと呆れているのではないかな。

いや、百歩譲ってトップニュースでもいいや。首都なので。機能が麻痺したら困るし。でも、首都圏の電車運行状況やら天気図、転んでケガした人がどうのみたいなことは「全国放送しなくていい」。九州やら関西の電車運行状況が東京で流れたら「なんだ?」と思うでしょ? それと同じ。首都圏への放送に切り替わってからやってほしいわけです(たまに首都圏にしか住んだことない人は首都圏版(地方版)の放送に切り替わること自体を知らない人もいる。地方だとアナウンサーが変わるのでわかるのだけど)。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。