戦友「八角弁当」

2010年5月16日(日) 18:36:30

えっ! 水了軒つぶれたの!

よくお邪魔させてもらっているこのブログで読んで始めて知って驚いて、とりあえず iPhoto のデジカメ数万枚の中から探し出してきたのが左の写真。1997年9月に新幹線内で写した水了軒の名作弁当「八角弁当」である。当時はまだ画素数低いから、なんか画面荒れてるけど。

大阪勤務時代、ボクは主にパナソニック担当のCMプランナーをやっていたのだが、撮影も編集も東京でやることが多かった(タレントも監督も東京にいるから)。なので、月30日ずっと東京ってこともあったくらい、東京出張が多かった。それも東京に行ったきりってわけじゃなくて、2日に一遍は大阪に帰るような感じで月30日東京。どんだけ往復してたんだ、って感じ。なにせ同時並行で13本CM作っていた時すらあったからね(さすがにそれは最高記録だけど)。

だから、それはもう新幹線には乗り尽くしたのであるが、そうなると食事はどうしても新幹線内が多くなる。
で、ボクのお気に入りはこの「八角弁当」だったわけ。新大阪駅で買うのは「八角弁当」、東京駅で買うのは崎陽軒の「シウマイ弁当」か大丸地下の「おべんとう公園」で売ってるお弁当。いろんな変遷を経た上で、これらが定番中の定番に落ち着いたのである。

ボクは当時、朝日新聞夕刊で「さとなおの自腹で満足!」という連載コラムを書いていたのだが(関西の店紹介なのに何故か全国版だった。のちににもまとめた)、そこでも「八角弁当」のことは書いた。ここで読める(次の回で崎陽軒も書いている)。そのくらいは好きだったし、愛してたのである。

いや、愛してたというか、戦友に近い。あの超ハードな日々を一緒に闘い抜いた戦友…。

ううーん、そうかー、もう食べられないのかー…。
ちょっとというか、かなり残念だ。見ての通り、シンプルな弁当なのだけど、揚げ物が少ないから胃がもたれない、という最大の美点があり、しかも味つけもとてもよかった。いまでも年に数回の大阪出張の帰りは当時とまったく内容が変わらない「八角弁当」が楽しみだった。うーん。もう食べられないとなると異様に食べたいなぁ。うぅ。

最近こんなことが多い。
なんとなく「ずっと変わらないんじゃないか」と思って気にも留めなかったことが、ある日、急に変わる。いよいよ一期一会感が強い年齢(or 時代)になってきた。独座観念。今日、一期一会済て、ふたゝびかへらざる事を観念す。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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