山本夏彦が行きつけだったバー

2009年6月 8日(月) 8:31:18

先週、この方とふたりで飲みに行った。
落語のすごいエアチェック・コレクションを聴かせていただいたので、ではお返しに「居酒屋Jolly」にお連れしましょう、とお約束したのである(一軒目はご馳走になってしまったが)。

というのも、彼は熱烈な山本夏彦ファンなのである。
で、銀座の「居酒屋Jolly」はその山本夏彦翁が行きつけだったバー(名前は居酒屋だが、実際はバー)。毎週木曜日の夜に現れて、カウンターの左から2〜3席目に座ってチビリチビリとウイスキーを飲み、ご機嫌で市川までお帰りになったとか。

そんなエピソードを何故か知っていた同じく夏彦ファンのボクが、その夜の二軒目として彼をその店にお連れしたというわけだが、いろいろ話を伺っていると彼の方がよほど夏彦マニアで、まぁそのくわしいことくわしいこと。本もほとんど全部読んでいるという。あぁでもこの店は知らなかったわけですね(優越感)。そう、この店が彼の行きつけって知らない人多いです。ボクも偶然知ったので。

でも喜んでいただいて良かった。「聖地だなぁ」と感慨深い溜息をつかれていた。そう、あの「いろいろうるさい夏彦翁が気に入った店」というだけで、わかる人には価値があるでしょ? 店主の柴辻さん(ものすごく品がいい)からいろんなエピソードを聴きつつ深夜まで。途中から彼の美人部下さんも合流して3人で飲んだとはいえ、ふと気がつくと入れたボトルがもう1/5に。

…ここまで書いて急に不安になった。
ええとですね、山本達彦ではないですよ(笑) 時代の流れがあまりに速いので忘れちゃった人もいるかもしれない。山本夏彦。2002年に亡くなってしまった随筆家(ボクも感想を数冊書いている)。亡くなった数日後のさなメモでも短く書いているが(当時は短く書くメモだったので)、随筆家というより「昭和の説教ジジイ」に近かったかもしれない。浮ついた心に寸釘を打ち込む彼の「説教」に何度救われたことか。

というか、ほんのちょっと前までは「山本夏彦が生きていた世界」だったんだなぁ…。それが想像しにくいくらい、最近はあまりに「山本夏彦的ではない世界」である。

聖地で飲み、翌日から数冊読み返し、「山本夏彦的なもの」を少し思い出してきた。
どうしてこんなに大切なことを忘れていたのだろう。前に進んでいるように見えて着実に退歩している自分に気づいてプチ鬱。説教ジジイの新しい説教を読みたい。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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