極寒プラハ出張(21)プラハともお別れ

2004年1月17日(土) 18:12:36


あ〜ねむ。パッキングに時間がかかり、3時間だけなんとか睡眠。長期ロケのラストでこれではカラダがかわいそうだ。
ということで、さよならプラハの冬。パリに向かう。2
泊。ちなみにパリではネットに接続しない予定なので次にコレ更新するのは20日かな。

極寒プラハ出張(20)撮影最終日

2004年1月17日(土) 13:23:16


朝1時間だけプラハを散歩。1時間とはいえ、プラハ城の東のロレッタ教会からプラハ西部のマリオットまできっちり歩け、それなりに満足。あぁこれでプラハともお別れ。
そう、今日は撮影最終日。
日本での撮影を含めると全部で11日間にも渡る本番撮影。ストーリーライティングやシナリオメイク、撮影準備を入れると5ヶ月もの濃すぎる日々。そんでもってこれから音楽制作や編集が2ヶ月続く。うわー果てしもないプロジェクトだぁ。

朝11時から早朝4時まで撮影して大団円。最後は誰彼となく抱き合って終了を喜び、別れを悲しむ。こういう時はアメリカ人の明るさが楽しい。チェコ人のはにかみが可愛い。ちょっと涙目になった私。別れがつらい。特にチェコ人、かなり好き。

これでプラハとも別れを告げ、あと6時間もするとパリに向かう(少しは寝ろよ)。別件での根回し打ち合わせと、ちょうどボリショイバレエの公演でパリに来ているボリショイ第一ソリストの岩田守弘さんに会うのと、パリ大使館の友達夫婦に会うのが目的。 というか、1月3日以来初の休日をとる、という感じが一番近い。
岩田さんの案内でパリオペラ座の楽屋に入れる予定。うれしいなぁ。またバレエ好きの人たちから嫉妬されそうだ。
それにしても、モスクワから来た日本人とプラハから行く日本人が「パリのフォーブル・サントノーレのイブサンローラン・リブゴーシュの前で18時にねー!」って待ち合わせるのって、なんだかおもしろい、よね。

極寒プラハ出張(19)17時間ぶっ続け撮影

2004年1月16日(金) 10:40:35


朝9時から夜の2時までぶっつづけ撮影やっと終了。セットから一歩も出ず。あープラハにいるのにプラハ城も大聖堂も黄金の小道も美術館もオペラ座も行っていない。明日は撮り残しをすべて撮るまで終わらないので徹夜濃厚。終わったらすぐパリへ移動。プラハを歩くとしたら明日早起きして集合時間の11時まで歩くしかチャンスがない。よし、5時間だけ寝て歩こう。5時間で起きられる疲労度ではないけれどなんとかしよう…。

プラハではマリオットに泊まっているが、受付にニューヨークとプラハとトーキョーの時計がある。ちょうど地球を三等分する感じなのかも。このプロジェクトも日本とアメリカとチェコの共同プロジェクトみたいなものなので、地球を三等分。なかなかワールドワイドだ。もっともっと英語が話せれば、もっともっとみんなとコミュニケーションとれたのになぁ(チェコでは英語はかなり通じる)。一応プロジェクトのBOSSなので、黙っていると感じが悪いのだ(ただでさえ第一印象とか悪いタイプだし)。でもアメリカ人と濃く仕事してずいぶん会話能力は上がってきた。この際もうちょっと勉強しようと決意を新たにしつつ、明日は撮影最終日。

極寒プラハ出張(18)地獄の日々ももう少し

2004年1月15日(木) 16:41:55


昨日から屋内撮影に突入。相変わらず16時間バタバタしっぱなしという厳しさなのだが、寒さで体力を奪われない分かなりマシ。客観的に考えればそれでも「今日は死んだ〜地獄〜」とか言うようなきつさなのに、昨日は終わってから皆で「今日は久しぶりに楽だったね〜♪やっほー」と握手しあう感じ。修羅場を知ると許容量が増える。いいことなのだ。←不感症になっただけでは?

昨日は晴れて、ロケバスから見るプラハ市内はそれはもう美しかった。今回は仕事のみで、ほとんど歩けずに帰ることになりそうだが、約2週間、プラハの空気を吸い、プラハっ子と一緒に仕事をし、観光なら絶対行かないようなプラハ郊外で凍えきった。それはそれで希有な体験なのだろう。

昨晩はプラハで一番古いと言われるビアハウスで自家製黒ビールとチェコ料理。ビールをわんこそば状態で持ってくるのが楽しかった。プラハ在住の方のおかげもあり、これでだいたいチェコ料理は一通り味わった感じ。ただ、チェコ料理の本質は家庭料理にあるらしいので、まぁなんつうか表面的ではあるのだけれども。

極寒プラハ出張(17)日本食恋しくない

2004年1月14日(水) 14:00:01


ボクは海外に長くいても「日本食恋しい〜」とはならないタイプで、とにかくひたすら現地食を食べるのだが、まわりのスタッフはそうでもない。というかボクが超例外。みんな着いた翌日から日本食に行きたがる。信じられない・・・
昨晩は夜にスタッフで食事する機会があったのだが、ご多分に漏れず日本食。そうかなぁと思ったらやっぱりそうだった。んー、せっかくチェコにいるんだからチェコ料理食べようよぅ(地団駄)。
しゃぶしゃぶを「しゃぷしゃぷ」を表記するようなお店に入りお寿司とか天ぷらとか冷や奴とか。遠き異国でがんばっている和食たちの姿を見るのも愛おしいが、やっぱりなんだか「あと一週間もすれば日本でイヤってほど食べられるじゃん!」な想いにかられるのです。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。