「淡すい」、そして「安珍」

2006年3月13日(月) 20:37:56

数日前「沖縄行きはあるお店に行くためだけのために」と書いたが、行ったら行ったで貧乏性的にいろいろ食べに行ってしまうウソツキなワタクシ。今回は沖縄そばに発見があったです。すいません。
というか、沖縄そばってボクがガァ〜ッと50軒ほど食べ回った1999年に比べると格段にレベルアップしている。化学調味料を使わない店が増えたし、昔ながらの作り方に戻った店も多い。消費者(観光客)の本物志向がいい方に影響を与えている模様。

1999年当時は、手打ちの店も少なく、灰汁を使う店などほとんどなく、ズンズンと「ラーメン化」の道を歩んでいた(沖縄そばともラーメンとも見分けがつかないような、という意味で)。もうこのままダメになるかもなぁと当時は思ったものである。でも志ある料理人たちが本来の作り方で店を開き始め、それがじわじわ広がっている印象。おもしろいなぁ。うれしいなぁ。

今回は4軒行った。「玉家」「安珍」「淡すい」「がじゅまるのそば」(←彩香さんの娘さんと孫がやっている)。

沖縄ってなんだか出会う人がみんないい人だ

2006年3月12日(日) 9:17:03

おとといに引き続き、昨日は招かれて「山本彩香のまかない料理」。
いや〜贅沢な昼ご飯。昼の営業はしていないので、店内貸し切りで彼女の手作り普段料理を食べさせてもらった。削り節に味噌のっけてお湯をかけるだけのカチューユから始まって牛乳に漬け込んだ大根の漬け物やシャコ貝の豆腐よう漬け(大量)、フシカブ・デークニ、五穀米、まで。特筆すべきはフシカブ・デークニ(干し株大根)。ざく切りにして干した大根を昆布や豚、ニンニクの茎などと炒め煮してあるのだが、滋味溢れる美味で「これ、夜のコースに是非入れてください」とお願いしたら「そうしようと思っていた」と。今後、夜のコースのどぅるわかしーの前あたりにちょこっと出るかも。
彩香さんは吹っ切れたみたいで「なんだか元気になっちゃった」と笑う。2時間話し込んだ。あと20年はやると約束したのでみなさんご安心を。

腹一杯だったが、そば屋を2軒ハシゴ。
さすがに腹がたぷんたぷんになったので、ロワジールホテルに行って屋内プールへ。「ゆっくり長く泳ぎたい!」という本を読んでその方法を実践してみたかったのだ。なるほど少し楽にクロールが出来るようになったが、まだまだバタバタと足を動かしてしまう。500mほどゆっくり泳ぐ。今年は少し水泳をやってみたい。

夜は初対面の読者の方(家族3人)と。
ちょうど予定がなかったので「どこで食べるかなぁ」と考えていたところに押しの強いメールをいただき(笑)お会いすることに。
ひさ〜しぶりに桜坂の「さかえ」へ。山羊刺し、山羊汁など。いい方たちで楽しかったが、相変わらず料理が出てくるのが遅いので空きっ腹に飲んでしまい、水泳疲れも手伝って最後にはずいぶん酔ってしまった。
「さかえ」の陽気なおねえさんは健在で(3年ほど店に出てなかった)、久しぶりの再開を喜び合う。というか、名も名乗ってなかったのによく覚えてくれていたなぁ。どの座敷に座ったかだけでなく、娘の名前まで覚えていてくれた(まぁエッセイの中で「さかえ」のこと書いたこともあるけど)。ストレートな感情表現に戸惑いつつ、なんだかジンと来る。とにかく異様に喜んでくれて、いつもより多めのお土産をいただいた。この店に行った方はわかると思うが、混んでいて十分な接客が出来ないときはお土産をいろいろくれるのである。それにしても…、うれしいけど多すぎます。

「山本彩香」継続!

2006年3月11日(土) 9:48:48

「琉球料理乃山本彩香」という、ボクが沖縄でトップに好きな店 & 同時代に生きられて光栄に思っている店が那覇にあるのだが、実はそこが閉店の危機に瀕していた。それを聞いたのが先月の20日だったか。彩香さんを通じてお会いし親しくなった作家さんから「どうも3月末で閉店する決心をされたらしい」と。

前の店「穂花」の頃から行き、サイトや本で「好きだ〜」「素晴らし〜」と一方的に熱く紹介しているうちにいつしか店主の彩香さんと親しくさせていただくようになっていたボクは、「厚かましいかな」と思いつつすぐ電話してみた。そしたら電話口で泣いていらっしゃる。「今度会ったらくわしく事情を話す」と。閉店の決心は揺るがない感じ。

豊かだけど手のかかる本当の琉球(辻)料理の伝承・普及のために、高齢をおして強い意志でずっと努められてきた彼女が閉店の決心をするとはよっぽどのこと。よっぽどのことなのだろうけど、日本の宝とすら思うこの店が終わるのを遠い東京で指くわえて見ているわけにはいかない。その場でスケジュールをやりくりして即予約。その作家さんはどうやっても都合がつかないとのことでとりあえず単独行。説得できるなんてこれっぽっちも思わないが、せめてちゃんとお話を聞き、どうしても終わるというのであればその最期の姿を目と舌に焼き付けておきたい、と。

沖縄へ…

2006年3月10日(金) 7:11:42

閉店するその沖縄のお店はどこですか? まさかアソコでは!? とのメールをたくさんいただいております。
ボク自身も2/21だったかに初めてその報に接して以来、妙な焦燥感があり落ち着かなかったので、メールをくださるお気持ちはよくわかります。

でも、我が目と耳で確かめるまではあまり信じたくないので…。もうちょっとだけお待ちください。正確な情報を聞いてきます & ボクに何が出来るか考えてきます。

というか、ボクなどが行っても何のチカラにも解決にもならないことはわかっています。自意識過剰の思い込みはしてません。単なるひとりの客だし…。

早朝ロケ

2006年3月 9日(木) 5:54:10

今日は朝7時から浅草でロケ。
なのでもうそろそろ出かけなくちゃ。昨日みたいに暖かいといいけど、今日は寒いという予報。

でも明日から沖縄に出かけるので、寒くてもあと一日の辛抱。
沖縄行きはあるお店に行くためだけのために。2月末に「3月いっぱいで閉店」との情報を得て、電話したらどうもマジらしい。スケジュール帳と首っ引きで予定を立て、友人との約束も延期してもらい、この週末にぶっ飛んで行く。いろいろ事情を聞いてくる。出来れば引き止めたいんだけど…。

店との別れって、なんか人生との別れに似ている。街との別れもそうだけど、特に店との別れに対してすごくウェットになりがちなワタクシ。あーあ。もうすでに悲しい。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。