ポルトガル旅行2日目 〜リスボン、オビドスに惚れる

2007年3月25日(日) 6:08:17

快晴。温暖。最高気温18℃最低気温9℃。

夜中に電話すると家族が起きるから、朝を待ってまたいくつか電話し、大トラブルが小トラブルになったことを確認。ホッとしつつ二度寝(?)も諦めて、起きてきた家族とともに朝7時からバイシャ地区を散歩。ふたりともよく寝れたらしく時差ボケは多少マシみたい。西へのフライトはわりとマシだったことを思い出す。ボクはといえば、今日ずっと起きてるとなると48時間ほとんど寝てないことになる。持つかな。いや、運転もあるし、持たせないと。

さて。出だしの1時間早朝リスボン散歩で、家族はいっぺんにリスボンが好きになってしまった。

ポルトガル旅行1日目 〜24時間かけて移動

2007年3月24日(土) 5:27:01

朝6時50分に東京の家を出た。
JL405便。今回の家族旅行は成田〜パリをたまったマイレージで移動したのだが、期限ギリギリのマイレージが余分にあったのでボクだけビジネスクラスにさせてもらった。というかボクはでかいのでエコノミーだと足も組めなく姿勢もかえられない事態となる。妻も娘も快く同意してくれ(ふたりともサイズが小さいのでエコノミーでも多少余裕がある)、ちょっとボクだけ楽させてもらった。少し後ろめたかったけど、とにかくありがとう。

機内で観た映画は「ナイト・ミュージアム」「007カジノ・ロワイヤル」「主人公は僕だった」「麻雀放浪記」の4本。12時間30分のフライト中、なるべく眠らないようにして時差対策をする。娘の響子は初海外がNYという贅沢者で(今回が二度目の海外)、そのとき自然史博物館にも行っているので、そこが舞台の「ナイト・ミュージアム」がことのほか面白かったようである。

パリのシャルルドゴール空港でトランジットで約5時間待ち。つらっ。でも娘にとっては「周りが全部外人」という状況に慣れるという意味で良かったかも知れない。その間、会社の後輩のM嬢に偶然出会ったり、本屋に入ったり、カフェに入ったりして時間をつぶし、ようやくリスボン行きに搭乗。エアフランスに乗って、リスボン着が現地時間の21時30分。日本時間で朝6時30分。ええと家を出たのが朝6時50分だから…、約24時間かかったわけだ。ふぅ。

卒業式 & 行ってきます

2007年3月23日(金) 5:24:35

昨日は娘の小学校卒業式。

「卒業生入場!」のあたりから涙腺が危なかったが、最後の方の150人の卒業生それぞれがひと言ずつ言って文章になっていく美しい演出とクラスごとに輪唱になっている素晴らしいコーラスとでググッと来て(意外と凝った卒業式だったのです)、あぁ来るぞ来るぞの予感とともに「仰げば尊し」の前奏で撃沈。ねぇ「仰げば尊し」の前奏って最強だよね。最強の催涙爆弾だよね。その後「蛍の光」でダメ押し。あぁ喉までひくつく。

親子込みで卒業写真を撮り、5年生がトンネルの輪っかを作る中、学校から送り出す。
なんだか自分の体験と重ね合わせつつ、娘の今の想いを想像しつつ、人生ってきっともうこういうことでいいんだろうなぁとか思った。満ち足りたよ。足るを知った。どうもありがとう。

池田晶子の墓碑銘

2007年3月22日(木) 6:28:14

週刊新潮の先週号に、先日亡くなった池田晶子の最終連載が載っていた。連載タイトルは「人間自身」。大好きな山口瞳のは「男性自身」だったな。男性も終わり、人間も終わってしまったか。

最終回は「墓碑銘」という題であった。
墓碑銘と聞いて思い出すのは「次はお前だ」というローマの秀逸なるそれだ、と書いたあと、では自分の墓碑銘は何が相応しいか、という展開になり、こう語る。
 それなら私はどうしよう。一生涯存在の謎を追い求め、表現しようともがいた物書きである。ならこんなのはどうだろう。「さて死んだのは誰なのか」。楽しいお墓ウォッチングで、不意打ちを喰らって考え込んでくれる人はいますかね。連載ではこれが絶筆となった。腎臓ガンだったので、たぶん確信的だったのだろう。

「さて死んだのは誰なのか」

しこしこ作業ドクター・ストップ

2007年3月21日(水) 9:02:12

毎日しこしこと「関西のおいしい店リスト」のリニューアル作業をしているのだが、文章の書き直しとともにエクセルに打ち込んでいく作業なので、視神経を使う細かい作業でもある(ちなみにどこをどう直しているかは、東京の時と同じなので、ここをお読みください)。

で、ポルトガル旅行前にカラダを整えるため、ゴッドハンドのところへ行ってきたのだが、なんと「細かい作業禁止令」が出てしまった。「ダメよ、ダメダメ。もう絶対ダメ。このカラダ、普通じゃない。クモ膜下一秒前!」だって(泣)

まぁ、腰痛とかわかりやすい症状は出ていなかったものの、身体中の筋が張っている感覚はあった。いつもと違うなぁというくらいは。しかも左目の上の細い筋がガチガチでいくら揉んでもほぐれないなぁとも思っていた。コメカミ周辺も痛く、側頭部を少し揉むと悲鳴あげるくらいではあった。エクササイズしてもプール行っても、身体はほぐれず逆に強張った。でも懸案の腰痛が特にはなかったので放っておいたのである。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。