池田晶子の墓碑銘

2007年03月22日(木) 6:28:14

週刊新潮の先週号に、先日亡くなった池田晶子の最終連載が載っていた。連載タイトルは「人間自身」。大好きな山口瞳のは「男性自身」だったな。男性も終わり、人間も終わってしまったか。

最終回は「墓碑銘」という題であった。
墓碑銘と聞いて思い出すのは「次はお前だ」というローマの秀逸なるそれだ、と書いたあと、では自分の墓碑銘は何が相応しいか、という展開になり、こう語る。

 それなら私はどうしよう。一生涯存在の謎を追い求め、表現しようともがいた物書きである。ならこんなのはどうだろう。「さて死んだのは誰なのか」。楽しいお墓ウォッチングで、不意打ちを喰らって考え込んでくれる人はいますかね。
連載ではこれが絶筆となった。腎臓ガンだったので、たぶん確信的だったのだろう。

「さて死んだのは誰なのか」

彼女の思考を追ってきた人にとっては至極胃の腑に落ちる言葉である。
というか、彼女にとって「死」は「無い」。他人の「死」は「在る」。でも自分の「死」は「無い」。つまり、この墓碑銘は他人への問いかけでもあるが、「死」は「無い」自分への問いかけでもある。

わかりにくいか。ええと、彼女の本「あたりまえなことばかり」から引用してみると(P109)、

「死とは何か」の一般的な答えとしては、無になること。そこで納得する。しかし、ここも非常に大事なところなんですけど、無というものは無いから無なわけです。無が在ったら無ではない。無は存在しない。存在しか存在しない。したがって、「死ぬということは無になることである」という言い方によって、そこで言われている無というものは無い、すなわち、死は無い、ということになります。にもかかわらず、なぜ無い死を在ると思って人は生きているのか。その視点を手に入れると、死が存在すると思って生きているこの世の光景が可笑しく見えてくる。無いものを在ると思ってるんですから。思い込みですね。世の中のすべてが錯覚の上で動いている。これはおもしろい。
 ですから、死が存在しないと気づきますと、「人生」という言葉の意味するところがまるっきり変わってきます。やがて死ぬ、どうせ死ぬと言えなくなっちゃう。なぜなら死は無いから。人生の意味ががらっと変わる。
 論理的に考えれば確かにそうなります。でも現実に人は死ぬではないか、と反論されるでしょう。確かに毎日、人が死んでいます。でも、死ぬのは常に他人なんですね。だれも自分が死んだことは無い。死は他人の死としてしか経験することができない。やっぱりそれこそが現実なわけです。これ、気がつくと非常に不思議なことなんです。
もしくは「14歳からの哲学」から引用すると(P50)、
 生死の不思議とは、実は、「ある」と「ない」の不思議なんだ。人は、「死」という言い方で、「無」ということを言いたいんだ。でも、これは本当におかしなことなんだ。「無」ということは、「ない」ということだね。無は、ないから、無なんだね。それなら、死は、「ある」のだろうか。「ない」が、「ある」のだろうか。死は、どこに、あるのだろうか。死とはいったい何なのだろうか。
 君は、たぶん、死ぬのを怖いと思っているだろう。死んだら何にもなくなるんじゃないかって。でも、何にもなくなるということは「ない」はずだ。なぜって、「ない」ということは、「ない」からだ。じゃあ、なぜ、「ない」ものが怖いんだろう。ないものを怖がって生きるなんて、何か変だと思わないか。
 逆に、死んでしまいたいという気持ちになることもあるだろう。死んだら何にもなくなって、すっきりするだろうなって。でもやっぱり、それも「ない」よね。死んだって、「ない」ということは「ない」のだから、それなら、死ななくたって同じじゃないかな。
 あるいは、他人を死なせたい、殺してしまいたいという気持ちがよぎることもあるだろうか。でも、もしも、殺しても実は人は死なないとしたら、どうする? それこそ本当に怖いことかもしれないじゃないか。
 さあ、君は、死のことなんか、まるっきり知らないということに気がついたかな。そりゃ当たり前なんだ。だって、君は生きているんだもの。生きている人が死のことを知らないのは当たり前なんだ。なのに、世の中の人はほとんど、この知らないことを知っていると思って生きているんだ。じゃあ、誰もが知っていると思っているこの「生きている」ということは、死を知らないとしたら、何を言っていることになるのだろう。
 自分で、考えてごらん。当たり前のことを考えるよりも面白いことはないのだから。
んー、もっといい引用がどっかに見つかりそうだけど、まぁいいや。いい加減長いし。


さて、死んだのは誰なのか。本当に死んだのか。ということは死は在るのか。無が在るのか。「ない」が「ある」のか。どこにあるのか。死がないなら、さて死んだのは誰なのか。

酒でも持ち込んで、ゆっくり彼女の墓と語り合いたい墓碑銘だよね。

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