聴衆によってまったく反応が違う

2008年10月28日(火) 8:16:07

昨日の午前中は某クライアントにて講演。150人くらい集まってくださり、なんとか2時間話しきった。

ここ半年、40以上の講演をこなしてきたが「講演は聴衆次第」ということがようやく実感できてきた。
というか、最近やっと余裕ができてきて、一方的ではなくインタラクティブに話ができるようになってきたのだろう。聴衆に合わせて微調整することができるようになった。余裕がないころは聴衆の反応に関係なく一本道をひたすら走るような講演内容だった。いまはいろいろ寄り道しつつ「どのゴールを目指そうかな」と考えながら話をしている。

それにしても聴衆って本当にそれぞれ違う。
同じ話をしても、同じ動画を見せても、聴衆によってまったく反応が違う。思いも寄らない場所で笑いが出たり、いつもウケる場所でウケなかったり。 もちろんボクの話し方も日によってムラがあるわけで、その影響も大きいだろうけど、土地柄・社風・年齢層・男女比・時間帯などによって意外なほど大きく反応が違うのを肌で感じる。

ウォシュレットの後、便座を拭いてくれ

2008年10月27日(月) 6:08:54

海外に行って何がイヤって、ウォシュレットがないことだ。
すっかりウォシュレットに甘やかされた我が尻は、いきなりの紙の生活になれず、なんだかとても痛まってしまう。痛いというかむず痒くなる。汚い話だが残糞感もある。海外では必然的に歩く距離が長くなったりするのだが、尻がその状態だと長距離歩くにも心から楽しめない。

ヨーロッパを旅する場合、ビデが普及しているので、それを上手に利用する方法はある。紙を使用した後にそっとね。でも電動式遠隔操作に慣れた身には相当きびしい。なんか清潔な感じがしない。海外でウォシュレットが普及しないのは「尻にあたるあの水が得体が知れなくてイヤという意識があるから」だとどこかで読んだが、ビデはよくてウォシュレットは抵抗がある、というのは理解できないな。単なる「やらず嫌い」だろう。もっと普及してくれよ。

携帯用ウォシュレットを旅行中持ち歩いている友人もいるが、これもなんかしっくり来ない。なんというか「その道具」を持ち歩く感じがね、少し抵抗ある。とはいえないよりマシ。旅行中はいつも「買ってくればよかった」と後悔するが、出発する前は毎回それを忘れてしまう。今度の海外旅行の際は忘れないぞ。

マジすか

2008年10月26日(日) 10:36:05

ちょっと前のことだが、打ち合わせを終えてラストオーダー間際の店に入った。
10年ぶりくらいに来た店であったが、なかなか美味しく食べ、いつしか店内はボクたちだけに。じゃ、帰ろうかなと店を出ようとした瞬間、厨房の方で大きくお皿が割れる音。ガッシャーン! もう客がいないと油断したのか、店員が大きめの声でしゃべっている。

「オマエ、何やってんだよ〜、気をつけろよ」
「スイマセーン」
「あのな、皿の持ち方、いい加減覚えろよ」
「マジすか」
「マジすかじゃねぇ!」

いや、たいしたエピソードじゃないんだけど、「マジすか」の使い方が妙にツボで、同行者と大笑いした。
というか、若者の間で「普通に」や「やばい」の意味が拡散していい意味にも使われるようになったように、「マジすか」の意味も多少変化してる? 「やっぱりそうですか」程度の軽いポジティブ・ニュアンスで若者が「マジすか」を使い始めてる?

せっかくの2日連休が!

2008年10月25日(土) 14:16:31

超久しぶりに土日連続で休める予定だった。このところの疲労の溜まり具合が尋常ではなかったので、もうホント待ちに待ったという感じの2日連休。

とはいえ相変わらずの早朝覚醒で、今朝は土曜なのに5時すぎに目が覚め、何の気無しに仕事メールを開いたら、あらら、なんだかトラブルの模様。むぅぅぅと読んで、返事を書き、いやこれは直接話さないとどうやらまずいと思い直して朝8時になるのを待って各方面に電話(休日なのにスイマセン)。急いで収束をはかったが、結局明日の日曜は出社と相成ってしまった。あーせっかくの2日連休が!

まぁでもとりあえず今日は寝ようと二度寝するも1時間くらいで目が覚めてしまう。いろいろ心配事項が思い浮かぶのが原因。なんだか自分で企画書書いたりした方が楽だな。後輩の育成が急務なのでそれも兼ねて「任せる」という姿勢で臨んでいるのだが、自分でやらない分、心配ばかりが先に立つ。でも任せないと後輩は伸びない。毎度のことながら「任せる」というのは胆力のいる作業だ。

青臭さを失わない友人

2008年10月24日(金) 8:28:03

「La BOMBANCE」で仕事仲間と夕食。
店名はフランス語で「ご馳走」。フレンチ・レストランのようだが和食である。でもフレンチっぽいエッセンスも入っている料理群。日本酒で通したが、フォアグラのソテーに合わせて「醸し人 九平次」をリーデルの大きなグラスで出してくれ、これが料理とよく合った。リーデルで冷酒。おいしいな。

仕事仲間は元同期で、若くして独立し、プロダクションを長く経営している(彼のブログ。他の社員もたまに書いているようだが)。
お互い50歳を数年後に控えて、人生をどうするか、なにを削ぎ落としてなにを残すか、などが話の中心になってくる。広告業界を元気にするにはどうすればいいか、そのために自分たちができることはなにか、なんかも周辺話題としてわりと熱く。そして青臭く。

青臭さを失わない友人がいることは貴重だ。
実はこの青臭さが邪魔になり、昔はお互い仲が悪かった。というかボクが避けていたと言った方が正確か。でもいつしか仲良くなり今に至る。彼は若いときから優秀で有名なアート・ディレクターで、ギラギラした目で派手な仕事をしていた。ボクは彼と親しくなる将来なんかあるとは思っていなかった。親しくなったのは何のきっかけだったかな。今では思い出せない。でもボクが自分のすべきことをようやく理解したころだったと思う。早熟な彼。晩熟なボク。交差した一瞬。
いまでは同期で一番親しいに近い。不思議なもんである。水と油みたいに遠い関係だと思っていたのにな。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。