山田太一「ありふれた奇跡」

2009年1月11日(日) 9:42:32

山田太一最後の連ドラ「ありふれた奇跡」を録画で観た。
1997年の「ふぞろいの林檎たちIV」以来の連ドラ脚本にして、これが最後らしい。倉本聰と並んで20世紀終盤を代表する脚本家。娘には「倉本聰や山田太一をリアルタイムで観たことがある、ということをいつか自慢できる日がくるよ」と言っておいたが、まぁそれくらいの大御所である。

その娘、観終わった感想がボロクソだった。
「わけわからない」「テンポが遅い」「会話が変」「なんだか古い」。

「んー、でもね、この頃のドラマは確かにテンポが早いけど、人生って実際にはあんな風には展開しないからね。表現だって、例えば怒りなら怒りの表情をそのまま描くのが今のドラマ。でも人間って実際にはそんなに「わかりやすく」怒ったりしないし、「わかりやすく」泣いたりもしない。本当に人間を描こうと思ったら、状況を外側から丹念に描いていく必要があるんだよ」と、一応説明というか弁護はしておいた。

ひとり咲き

2009年1月10日(土) 18:55:42

チャゲ&飛鳥が無期限の活動休止、と、一部メディアが発表した(※ガセネタという説もある)。
正しい報道だとすると事実上の解散だろう。ちょっと感慨深いものがある。チャゲアスは、すっごい好き、というわけでもないけど、3つの理由で勝手に親近感を持っていたのだ。

ひとつは、CMの仕事を数回ご一緒したこと。個人的におつきあいはなかったけど、ボクが企画したCMに出てもらったりすると、やっぱりそれなりに親近感は持つ。
次に、一時期ボクは「チャゲにそっくり」と同僚内で言われていたこと(ヒゲもまだなく、髪型もオールバックでチャゲと似ていた頃)。実際、チャゲが雑誌でインタビューを受けてる写真があったのだが、それが我ながら酷似していた。彼らにも上司から「うちの社のチャゲです」と紹介され、一応「おー! ホントだ! そっくりだ!」と言われた(ま、お世辞8割だけど)。そんな時代もあったなぁと、チャゲをメディアで見かけるたびに坊主頭を撫でながら遠い目になる。

そして最後に、カラオケの持ち歌だったこと。
「ひとり咲き」「流恋情歌」「万里の河」のデビュー3曲だけだけど。でもこの3曲への思い入れは強いなぁ。特に「ひとり咲き」。どんだけ好きでどんだけ歌ったか…。
ボクはわりと熱唱型だったので、チャゲアスはいい感じでハマった。チャゲアス以外だと、「わかってください」(因幡晃)、「ダーリング」(沢田研二)、「島唄」(THE BOOM)、「大きな玉ねぎの下で」(爆風スランプ)、「恋しくて」(BEGIN)、「タクシー」(鈴木聖美)、「メモリーグラス」(堀江淳)とか。あとは1970年代のフォークや歌謡曲を好んで歌ったかな。拓郎とか甲斐とか世良とか。

「大衆」から「個衆」「鏡衆」、そして「結衆」

2009年1月 9日(金) 6:52:48

昨晩は今年の講演初め。講演というかレクチャーかな。小規模でアットホームな会だった。
広告関係の方はおらず、流通やメーカーや商社の方が集まったビジネススクール。なので、広告の話を基点に、なるべく店頭や商品開発に応用できそうな話をしてみた。ここ10年くらいの生活者の変化とそれにどうやって対応するかをかいつまんで1時間15分で話し、あと45分は質疑応答。それぞれの現場でのお悩みやボク個人に対する質問。一番多かったのはやはり生活者へのアプローチというか調査の仕方みたいなこと。どうやってターゲットもしくは「欲しがっている人」に出会えばいいか、に皆さん悩んでらっしゃる。それがわかったらとっくに起業独立しているわけで、ボクももちろんわからないのだけど、ボクなりの答えを提示させていただいた。

未だ「大衆」という言葉が存在した時代のマーケティング方法から抜け出せないことが今の現場の一番の問題点なのだろうなとつくづく思う。「大衆」という大きな塊がどう動くか、を、マーケッターが脊髄反射的に追ってしまう。頭ではもう「大衆」の時代ではないとわかっていても、そういうやり方がカラダに染みついていて自然とそう動いてしまう感じ。

もちろんとっくに「大衆」の時代ではなく、「分衆」を経て「小衆」「個衆」を経て、いまではそーとーバラバラだ。
そして今の特徴は、バラバラだからこそ「結びつきたがる」「共有したがる」ということ(それを表した「鏡衆」という言葉もある)。
「大衆」の時代は「個」が重視され、個性あることを個人個人がしたがった。共有より個性。カタマリから抜け出したい欲望が強かった。でも今は逆。バラバラだからこそどっかでつながっていたい。わかりあいたい。この広いバラバラな砂漠の中で仲間を探し出したい。それがYouTubeでの発信やブログでの結びつき、ミクシィなどのコミュニティの発展やクチコミの強さにもつながっていると思う。

喫茶店カレー

2009年1月 8日(木) 7:40:04

なんか急に「喫茶店のカレーが食べたい」という欲求に駆られた。
インド風でも欧風でもタイ風でもない、あの独特の日本カレー。楕円のカレー皿で給されて隅っこに福神漬けの赤が眩しい街角カレー。ご飯がべっちゃりめでルーも水溶き片栗粉なんか入ってねっとり甘かったりする家庭カレー。紙ナプキンが巻いてあるスプーンとコップ一杯の水道水だけが脇役な、シンプルで懐かしい昭和洋食カレー。たまに昭和時代のケチャップ味ナポリタンが無性に食べたくなるのと同じように「喫茶店カレー」もたまに無性に食べたくなる。

出来ればウッディかつモルタルな昭和の喫茶店で、カウンターの椅子が木の作り付けだったりすると気分。マスターは黒のベストを着ているロマンスグレーの60代で、レジですれ違った時ほんのりブラバスの香りが漂ったりするともっと気分。デミタスカップのコレクションが棚にあったり、古いタンノイのスピーカーが隅に据え付けてあったり、山岳写真が額入りで飾ってあったりするともっともっと気分。そんな喫茶店でカレーが食べたい。

で、仕事場からとりあえず出た。そしていきなり途方に暮れた。そんな喫茶店どこにもない!

浅草演芸ホール「平成21年初席」

2009年1月 7日(水) 8:32:21

去年の舞台納めは落語だったが、今年の舞台初めも結果的に落語になった。結果的に、と書いたのは、当初は行く予定がなかったから。

つい数日前に「東京煮込み横丁評判記」(坂崎重盛著)という本を読んで、なんだか煮込みが食べたくなり(というか大衆酒場に行きたくなり)、友人とまずは北千住に行ったのが事の始まり。
まず行ったのは言わずと知れた千住の名居酒屋「大はし」である。ただ、本に載っている「大升」「天七」「千住の永見」も射程に入れていた。本に載ってなかった「徳多和良」も行ってみたい。あ、「藤や」も。んー全部行ったら6軒のハシゴ酒になる。新年早々それもどうかと思いつつ、まずは「大はし」。

あー、やっぱりここの肉豆腐はうまいや。刺身もうまい。セロリや串カツもうまい。梅割りももちろんうまい。サービスのテンポも相変わらずのテキパキさ。気持ちいいなぁ。常連さんたちに囲まれて飲んでいるうちに腰が落ち着いてしまってミニ牡蠣鍋までもらってしまう。あぁ食が進むなぁ。ハシゴ酒気分が遠のくなぁ。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。