山田太一「ありふれた奇跡」

2009年1月11日(日) 9:42:32

山田太一最後の連ドラ「ありふれた奇跡」を録画で観た。
1997年の「ふぞろいの林檎たちIV」以来の連ドラ脚本にして、これが最後らしい。倉本聰と並んで20世紀終盤を代表する脚本家。娘には「倉本聰や山田太一をリアルタイムで観たことがある、ということをいつか自慢できる日がくるよ」と言っておいたが、まぁそれくらいの大御所である。

その娘、観終わった感想がボロクソだった。
「わけわからない」「テンポが遅い」「会話が変」「なんだか古い」。

「んー、でもね、この頃のドラマは確かにテンポが早いけど、人生って実際にはあんな風には展開しないからね。表現だって、例えば怒りなら怒りの表情をそのまま描くのが今のドラマ。でも人間って実際にはそんなに「わかりやすく」怒ったりしないし、「わかりやすく」泣いたりもしない。本当に人間を描こうと思ったら、状況を外側から丹念に描いていく必要があるんだよ」と、一応説明というか弁護はしておいた。

そう、弁護。
だってボクも「古い」と思ったもん。少なくとも初回は。残念ながら。
この古さは倉本聰の「風のガーデン」からは感じなかった。山田太一自身が「自分の作品は時代に合わなくなって来てしまったから、もう最後にしようと思う」というようなことを語っていたが、その感覚がわかる。不思議なくらい時代からズレていた。特にセリフ回し。

なんというか「セットのない舞台」でのセリフ回しみたい。
状況を言葉ですべて説明しようとする。これが違和感の一番の原因。そんなに説明しなくても今の若者は察する。察する能力は有史以来最高レベルなのだ。
しかも棒読み。そして短い会話を淡々とつなげる。この棒読み感と淡々感は演出だと思うけど、なんなんだろう、「ゴトーを待ちながら」の舞台や三好達治の詩なんかを思い出させるような感じ。達者な役者を揃えているんだけどな。全員が全員ワザとらしくてヘタクソに見えて、観ていて辛かった。

たぶん山田太一だからこれらは「狙い」だと思うし、こういう希薄なコミュニケーションから現代の何かを浮かび上がらせるつもりなのかもしれないが、今の視聴者はもっとせっかちなので、浮かび上がらせる前に観るのを止めてしまう可能性がある。現にうちの娘はもう観ない可能性大。んー。

伏線がいろいろ張ってあったので、山田太一的な驚きの展開が待っていそうではあるけれど、どうしようかなぁ、ボクも観るかどうか迷っている。ちょっとね。あぁでも加瀬亮がなかなかいいから観てみようかな…。

20世紀終盤を代表する脚本家といえば、市川森一も最近観ていないな。
「傷だらけの天使」が有名だし大好きだが、ボクが一番好きなのは「淋しいのはお前だけじゃない」。脚本原作を買ったくらい好きだ。主演した西田敏行の代表作だと思っているし、歌も彼の代表作だと思っている。

あの頃の市川森一みたいなドラマが観たい。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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