ツッコミは災いの元
2009年4月21日(火) 7:32:29
広告業界ではしばしば「刈り取り」とか「囲い込み」とかいう言葉を使う。
顧客を刈り取る、とか、消費者を囲い込む、とか、そんな感じ。まぁ商習慣的な言葉でもある。でもこの言葉を使っている時点でホントは相当古い。だってそれは完全に送り手(作り手)目線。昭和な考え方だ。消費者(生活者)が変化した今、こんな発想でキャンペーンを作っていたら時代に置いて行かれる。消費者目線に立つ発想が徹底していたら「刈り取る」とか「囲い込む」という言葉など出てこないはず。早く死語にした方がいいし、きっと10年後には使っていない言葉だと思う(と思いたい)。
いや、そんなかたい話がしたいのではなく。
つまりは業界最前線でバリバリやっているタイプの若手営業くんとかは喜々として「顧客を刈り取りましょう!」とか発言しがちなわけです。なんか業界っぽいしね。仕事している気にもなるしね。その言葉自体ちょっと古いということなんかあまり考えず、習慣的に口にする感じ。
昨日もここ数ヶ月一緒に仕事をしている優秀な若手営業くんが、メールで「その会議にクライアントのどなたが出るか、出欠刈り取り中です」と書いてきた。
会議への出欠を刈り取り中だぁ? なんだその変な使い方…。まぁ意味はわかる。もしかしたら現場ではそういう使い方もしているかもしれない。でもさー、あのさー、そういう業界言葉っぽい使い方ってそんなにみっともよくないよ…。というか、これってツッコメということ? 笑うとこ? そうなの?
ボケにはツッコまないといけないと14年の関西暮らしで叩き込まれたボクは、脊髄反射的にこう返信した(もちろん主要用件に返信しつつ、P.S.的に)。
丸元喜恵著「野菜と魚の栄養ごはん」
2009年4月20日(月) 6:53:25

ボクが丸元淑生さんに私淑していることは前にも書いた。
独身時代、ボクは彼の本を読んでその理論と味に惚れ、楽しく自炊をしていた。出張がち&外食がちだったので毎食は無理だったが、朝ご飯はわりときっちり丸元流だった。当時のボクの朝は鰹節をカリカリ削るところから始まった。ダシをとって味噌汁を作り、冷蔵庫から基本料理のストックを出して野菜と豆たっぷりの朝ご飯。豆については関西で手に入らないものも多く(なにしろ20年前のことだ)、東京出張時に問屋に買いに行ったりもした。
結婚してからは、というか、30代40代と余裕がどんどんなくなって(外食もぐんと増えて)料理することも激減してしまったが、余裕ができたらまた丸元本に戻るんだろうなぁと思っていた。定年でもしたらまた丸元理論をいちからやろう、とかね。そうボンヤリ思っていたところ、先月、彼の娘さんである丸元喜恵さんが料理本を出した。
「野菜と魚の栄養ごはん」丸元喜恵著/講談社
土曜日、旧友とふたりで
2009年4月19日(日) 19:01:43
大学時代のゼミの同期が「ゆっくりリラックスする土曜日でもどーや?」という企画をボクのために立ててくれ、昨日、彼の家で半日ゆっくりリラックスしてきた。
彼はボクのブログを読んでくれていて「人生があまりに余裕なくキチキチになっている感じ」を心配してくれ、「たとえば土曜日にワシの家がある国立に来て、半日だらだらと話をするとか、どーや?」と誘ってくれたのである。友達ってありがたいな。
誘ってくれたのは今年の1月初め。それはいいなぁありがたいなぁオメエとふたりで話すのも十数年ぶりだしなぁとは思ったが、その頃はこれまた極端にキチキチな人生だったので、「ありがとう! じゃ、たとえば春先は?」と返信し、「えー! えらく遠い先のことやなぁ」と呆れられつつ、あっという間にその3ヶ月が経って約束の昨日になったわけである。
人生最高のシアワセのひとつ
2009年4月18日(土) 15:31:53
今週はスプマンテをよく飲んだ。毎日のように飲んだ。やっぱりこの季節、泡がおいしい。晩春もしくは初夏の薄暮にスパークリング・ワインを飲むことは、人生最高のシアワセのひとつかも。
今週泡をいっしょに飲んだ相手のひとりが、今度出版が決まった後輩。
入稿完了祝いで数人で飲んだのだが、人生初出版前後のブルーはもう他人事でなくよくわかるので、思いやり深く(笑)ゆっくり飲んだ。書いている間はハイテンションでも、書き終わって入稿してから「こんな本を世の中に出す意味なんてどこにもない」「誰も読まないし何の役にも立たない」「というか、恥」「いまからでも遅くないから出版を中止するよう出版社にお願いしてみようか」など、ぐじぐじぐじぐじ悩むものなのである(少なくともボクはそうだったし、そういう例をいくつも見ている)。
これは11冊出した後でも実はそんなには変わらない。いや、さすがに麻痺はしたけど、心のどこかで深く落ち込む。出版後数週間すると開き直ってくるのだが、出版までの数週間(場合によっては数ヶ月)、出版してからの数週間(場合によっては数ヶ月)は本当に辛い。処方箋は「飲んで乗り切れ!」くらい(笑)。ちょうど泡が似合う季節。泡飲んで乗り切れ!
一緒に飲んでいる時、その出版する後輩(女性)の同期(女性:仮にM)の話になった。
Mとは彼女が新人のころ仕事をした。もう10年以上前に会社を辞め、ある音楽家と結婚。あるときボクにメールをくれ、それ以来なんとなく連絡を取りあっている(サイトを続けていると、昔の友人からふいに連絡がくるみたいなことがよくある)。というか彼女は今夙川に住んでいて、先々週に桜を見に行ったとき、一緒に散歩しないかと電話で誘ったくらいは親しい(急に電話したので散歩は叶わなかったが)。
ボリス・ヴィアン
2009年4月17日(金) 8:52:32
ロシアでのニュース。
ある男性の肺の中に、5センチほどに成長したモミの木が見つかったらしい。28歳のArtyom Sidorkinさんが吐血をするなどの肺の苦しみをうったえたために病院で検査をしたところ、腫瘍があることが発覚。すぐに緊急手術をしたところ、吐血や痛みの原因が、腫瘍ではなかったことがわかった。
なんと、肺の中におよそ5センチほどのモミの木が入っていたのである。口から5センチもあるモミの木を飲み込めるはずがなく、飲み込んだとしても肺に入るはずがない。医者によると、このモミの木はまだ種の状態のとき、吸引により偶然にも肺に入り込み、そこで栄養を摂取しながら成長したのではないかという。このニュースを読んで、十年ぶりくらいでボリス・ヴィアンを思い出した。「うたかたの日々」。片肺に睡蓮が咲く女性が登場する美しくも腐蝕した小説。こういう小説が書きたいと願った青い日々。あそこからずいぶん遠くまで来てしまった気がする。
