なんだか謙虚になった一週間

2009年5月16日(土) 21:07:58

なんか毎週のように書いている気もするが「あぁ今週もなんとか週末に辿り着いた」というのが正直なところ。ホント、今週もいろんなことがあった。

仕事もたくさんしたけど、夜もいろいろあった。
というか、いろんな人と会って、いろんな話をして、なんだか謙虚になった一週間。ボクなんかまだまだである(当たり前)。

月曜は某大女優のご家族とプライベートご飯。十年近くぶりにお会いしたが相変わらずお美しい。ずっと第一線を走り続けているオーラと、ふとした時に見せる素の魅力。十年近く経ってボクは彼女みたいにちゃんと魅力が進化したかな? まぁ比べる相手が相手だけど、それにしても…。
火曜は平田オリザさんと藤原和博さんと政治家の方々5人と居酒屋飲み。これについては明日書けたら書こう。「政治家の会合」みたいな空間に初めて身を置いたので新鮮だった。熱い想いを持った人たちばかり。ボクは彼らみたいな大局観を持てているっけか? ああいう熱い情熱をちゃんと維持できていたっけか?
水曜は広告業界の有名人と旧友と3人でご飯。数年前からの約束をようやく果たせた。ボクの本を過分に評価していただき、裏話などを話しているうちに「書いた当時の気分」をリアルに思い出した。あれからいろんなことがあり少し忘れ気味だった。そうそうそういうココロザシがあったんだった。初心だろ、初心。
木曜は夜の会議の後に友人とタラタラ。東京タワー近くのバーにてタラタラ話していたら急に強烈なデジャヴ。あぁそういえばこんな未来を想ったかも。で、それで? その後の未来は? 何もイメージできずしばし呆然。ここ数年オレはいったい何をやっていたのだろう…。

ボンダレンコ先生

2009年5月15日(金) 8:21:44

bondarenko.jpgアレクサンドル・イヴァーノヴィッチ・ボンダレンコ
ボンダレンコ。ぼんだれんこ。日本人にはちょっと滑稽というか愛嬌が感じられる語感の名前。ボンダレンコ。その語感通り、とても愛嬌のある人だった。訃報:アレクサンドル・ボンダレンコさん=露バレエ教授

アレクサンドル・ボンダレンコさん59歳(モスクワバレエアカデミー教授)モスクワバレエアカデミーによると、13日、病気のためモスクワで死去。
68年、ボロネジバレエ学校卒。82年モスクワバレエアカデミー講師、99年から同アカデミー教授。ボリショイバレエの主役級バレリーナを多く育てた。ボリショイバレエで現在もソリストとして活躍する岩田守弘氏など日本人の教え子も多い。(毎日新聞より)岩田さんのバレエの師匠。
2002年に岩田さんが岡山で夏季特別バレエスクールを開いたとき、モスクワから岩田さんと一緒に招かれたのがボンダレンコ先生だった。題して「ボンダレンコ&岩田守弘サマースクール」。個人的にそのスクールの設立に少し関係していたこともあり、東京からそれを見学しに行ったボクは、レッスン修了後ボンダレンコ先生に捕まって強制的に股割りをさせられた。そしてその年いっぱい腰痛に悩むことになる(笑)

その約1年後、モスクワへの一人旅が実現し、モスクワバレエ学校でボンダレンコ先生と再会した。彼が教室で中学生くらいの生徒たちに教えるのを見学させてもらった(写真はそのとき撮った「生徒に教えるボンダレンコ先生」 ※写真をクリックすると大きくなります)。

エアチェック職人

2009年5月14日(木) 6:38:20

まぁボクもエアチェック世代なわけだが。
もうエアチェックと言ってわからない人もいるのかな。死語に近いのかも。ラジオから楽曲などを録音することである。テレビ放送にも使わないことはないが、あれは「録画する」と言うのが一般的。それに対しラジオは「エアチェックする」と言った。

「FMレコパル」とか「FM Fan」とか「FM STATION」とかいう今は亡きFM雑誌を買って、どの番組でどういう曲が流れるかを事前に調べ、お目当ての曲が流れる放送を聴き録音するのである。中学高校の頃(1970年代)なんてレンタルレコード店なんかまだなかったから、音楽を手に入れるのはレコードを買うかエアチェックするかしかなかった。

レアな曲が流れる前は緊張したな。
放送のちょっと前からラジカセの前に陣取り、カセットテープで前に録った曲のお尻を頭出しし、録音ボタンを押すのとほぼ同時に(正確には0.5秒後くらいに)ポーズボタンを押して、そのままその曲が流れるのを手に汗握り待つのである。曲紹介のナレーションが終わり曲が流れる。このコンマ何秒の間にポーズボタンを解除する。録り直しがきかないから緊張するわけ。たまに曲の頭にナレーションをかぶせるDJがいたりすると泣く泣く削除したり。

新しい歌を歌おう

2009年5月13日(水) 5:41:51

昨日「昭和歌謡曲カラオケ・リクエスト・ランキング」を引用したが、昭和歌謡に限定しないリアルなカラオケ・ランキングは今どうなっているのか興味が湧いたので調べてみた。

2008年「年間カラオケ・リクエスト・ランキング」(第一興商)

1位 キセキ−GReeeeN
2位 Lovers Again−EXILE
3位 愛唄−GReeeeN
4位 蕾−コブクロ
5位 そばにいるね−青山テルマ feat.SoulJa
6位 愛のうた−倖田來未
7位 ハナミズキ−一青窈
8位 桜−コブクロ
9位 純恋歌−湘南乃風
10位 三日月−絢香
11位 残酷な天使のテーゼ−高橋洋子
12位 吾亦紅−すぎもとまさと
13位 創聖のアクエリオン−AKINO
14位 千の風になって−秋川雅史
15位 海雪−ジェロ
16位 小さな恋のうた−MONGOL800
17位 粉雪−レミオロメン
18位 幸せはすぐそこに…−天童よしみ
19位 涙そうそう−夏川りみ
20位 羞恥心−羞恥心

三木たかしが亡くなった

2009年5月12日(火) 8:11:29

三木たかしが亡くなった。
昭和歌謡曲を代表する作曲家のひとり。黛ジュンの実兄。64歳。若すぎる。

こんな風に、そのうち訃報ばかりのブログになる時が来るんだろうな。
ボクが青春時代に親しんだ人がどんどん亡くなっていく。いつかユーミンとか桑田とか陽水とか詠一とか元春とか百恵とか聖子とか春樹とか龍とかばななとかを失う未来がくる。そのときボクはどんなことを想うだろう。

三木たかしは意外と地味な作曲家であるが、好きな曲はいっぱいある。
特に好きなのは、石川さゆり「津軽海峡・冬景色」、キャンディーズ「哀愁のシンフォニー」、岩崎宏美「思秋期」かな。この3曲だけで凄い。ちょっと突出している。いやいやいや。特に感慨深いのは「哀愁のシンフォニー」。キャンディーズはやっぱりこれでしょう。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。