ボンダレンコ先生

2009年5月15日(金) 8:21:44

bondarenko.jpgアレクサンドル・イヴァーノヴィッチ・ボンダレンコ
ボンダレンコ。ぼんだれんこ。日本人にはちょっと滑稽というか愛嬌が感じられる語感の名前。ボンダレンコ。その語感通り、とても愛嬌のある人だった。

訃報:アレクサンドル・ボンダレンコさん=露バレエ教授

アレクサンドル・ボンダレンコさん59歳(モスクワバレエアカデミー教授)モスクワバレエアカデミーによると、13日、病気のためモスクワで死去。
68年、ボロネジバレエ学校卒。82年モスクワバレエアカデミー講師、99年から同アカデミー教授。ボリショイバレエの主役級バレリーナを多く育てた。ボリショイバレエで現在もソリストとして活躍する岩田守弘氏など日本人の教え子も多い。(毎日新聞より)

岩田さんのバレエの師匠。
2002年に岩田さんが岡山で夏季特別バレエスクールを開いたとき、モスクワから岩田さんと一緒に招かれたのがボンダレンコ先生だった。題して「ボンダレンコ&岩田守弘サマースクール」。個人的にそのスクールの設立に少し関係していたこともあり、東京からそれを見学しに行ったボクは、レッスン修了後ボンダレンコ先生に捕まって強制的に股割りをさせられた。そしてその年いっぱい腰痛に悩むことになる(笑)

その約1年後、モスクワへの一人旅が実現し、モスクワバレエ学校でボンダレンコ先生と再会した。彼が教室で中学生くらいの生徒たちに教えるのを見学させてもらった(写真はそのとき撮った「生徒に教えるボンダレンコ先生」 ※写真をクリックすると大きくなります)。

でも、遠き日本の新聞に訃報が載るほどの人という意識はなく、「バレエではとても有名な人らしいけど、なんだか陽気で愛嬌のあるオジサン」という感じで接していたかも。だって本当に陽気で人なつっこく、目がいたずらっぽくクリクリしていて、なんだか「偉い先生」とは思えないんだもの。そしてその印象そのままに、とにかく生徒に優しい。じぃっと辛抱強く優しい目でつきあっていた。バレエが好きで好きで、それが高じて「バレエを好きな人も全員好き!」となってしまった感じ。バレエダンサーを志す若者においてはそれはもう大好きでたまらない感じだった。

岩田さんは本当にボンダレンコ先生を敬愛していたし、スランプのときとか技術上の悩みがあるときとかいつもボンダレンコ先生に相談していた。かなりショックを受けていると思ってメールしたけど、今日のブログを読んで少し安心した。でもあの冷静な文章の裏でどれだけの涙が流されたか、少しはわかるつもり。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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