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「チエちゃんと私」

amazonよしもとばななの最新長編。
著者自身のあとがきに「せっかくバブルの時代も経験したことだし、私なりに『ハートカクテル』みたいなもの、サガン的なものひとつ書いておこうかな、と思い、心をこめて書いたのにこんな変な小説になってしまいびっくりしました」とあるが、わたせせいぞうの「ハートカクテル」的な世界が出発点だとしても、辿り着いた地点は相当違う感じ。
これはたぶん穏やかな気づきと自立のお話だ。
とても穏やかにコーティングされているのでいろんな優しい気持ちに振り回されてしまうけど、底流には「人生を1ストリームとして生きている人への残念な想い」みたいな厳しいものが流れている気がする。バブルの経験が活かされているとしたら、そこらへんだろう。
たとえば社会に出ているたいていの人は、明日が来るということを疑わず、明日のために今日を生きている。どうもそうではないらしい、と胃ガンを切った父親が気づいて移住するところから主人公であるカオリの人生が動き出し、最後にはチエちゃんを媒介にして気づきと自立を得て、満ち足りる。一瞬一瞬を愛する技を手に入れる。それはたぶん「ふたりともこのままおばあさんになっても」惜しくないほど貴重なものなのだ。
そして、先日突然亡くなった池田晶子の哲学のような言葉を吐く。
「私は燃えるような謎でできている。宇宙の謎よりももっと大きな謎を秘めている」。
一瞬一瞬に満ち足り得る人に、1ストリームとしての人生はない。いや、1ストリームとしての1日すらない。その辺の気づきを与えてくれる佳品である。
ちなみにこの本の中盤にとてもいい描写がある。そこを引用した文はこちら。引用の方向性が浅いけど、それはそういうテーマを書こうと思ったメモだからお許しを。
2007年03月11日(日) 18:57:59・リンク用URL
ジャンル:小説(日本)
@satonao310