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よしもとばなな

LV5「チエちゃんと私」

よしもとばなな著/ロッキング・オン/1300円

チエちゃんと私
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よしもとばななの最新長編。
著者自身のあとがきに「せっかくバブルの時代も経験したことだし、私なりに『ハートカクテル』みたいなもの、サガン的なものひとつ書いておこうかな、と思い、心をこめて書いたのにこんな変な小説になってしまいびっくりしました」とあるが、わたせせいぞうの「ハートカクテル」的な世界が出発点だとしても、辿り着いた地点は相当違う感じ。

これはたぶん穏やかな気づきと自立のお話だ。
とても穏やかにコーティングされているのでいろんな優しい気持ちに振り回されてしまうけど、底流には「人生を1ストリームとして生きている人への残念な想い」みたいな厳しいものが流れている気がする。バブルの経験が活かされているとしたら、そこらへんだろう。

たとえば社会に出ているたいていの人は、明日が来るということを疑わず、明日のために今日を生きている。どうもそうではないらしい、と胃ガンを切った父親が気づいて移住するところから主人公であるカオリの人生が動き出し、最後にはチエちゃんを媒介にして気づきと自立を得て、満ち足りる。一瞬一瞬を愛する技を手に入れる。それはたぶん「ふたりともこのままおばあさんになっても」惜しくないほど貴重なものなのだ。

そして、先日突然亡くなった池田晶子の哲学のような言葉を吐く。
「私は燃えるような謎でできている。宇宙の謎よりももっと大きな謎を秘めている」。

一瞬一瞬に満ち足り得る人に、1ストリームとしての人生はない。いや、1ストリームとしての1日すらない。その辺の気づきを与えてくれる佳品である。

ちなみにこの本の中盤にとてもいい描写がある。そこを引用した文はこちら。引用の方向性が浅いけど、それはそういうテーマを書こうと思ったメモだからお許しを。

2007年03月11日(日) 18:57:59・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV5「デッドエンドの思い出」

よしもとばなな著/文藝春秋/1143円

デッドエンドの思い出
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書き下ろし短編集。
しみじみせつなくなりたいときにうってつけの本かもしれない。砂糖菓子のように甘い物語たちだし、いい人しか出てこないし、「なんだかなー」と思う部分もある。特に男性キャラたちがいい人すぎるのもなんだかなー(ま、いつものことだけど)。でも、どうしてもこの魅力にはあらがえない。そんな感じ。あ、正確に言うと登場人物たちはかなり辛い目にあったりするのだけど、不思議に静謐で幸せな読後感が待っている。これもいつものことだけど。

「幽霊の家」「おかあさーん!」「あったくなんかない」「ともちゃんの幸せ」「デッドエンドの思い出」の5編収録。どれも印象深い。帯で著者が「これまで書いた自分の作品の中で、いちばん好きです。これが書けたので、小説家になってよかったと思いました」と書いているのは表題作「デッドエンドの思い出」。甘々なこの作品を一番好きと正面切って言われるとちょっと鼻白むが、いかにも「よしもとばなな」であることは確か。ボクも思わず何度か読み返し、昔の失恋とか思いだし、涙にくれたりしたりした(笑)。そういうチカラは確かにある作品。泣けるししみじみ感に浸れるこの感じはマジで捨てがたい。

さてこの本は目次の横に「藤子・F・不二雄先生に捧ぐ」と書いてある。
そして短編「デッドエンドの思い出」の中で語られるドラえもんの時計の写真がその言葉の横にカラーで載っている。短編の中で主人公は、その時計に描かれているのび太とドラえもんの姿(のび太の部屋で寝ころんで漫画を読んでいる)こそ幸せの姿なのだと言っている。実はこの短編集にとってこの時計のエピソードの意味は実に重いのではないかと思う。あ、そういうことが言いたかったのね、と氷解する部分がいろいろある。一種中原中也的な手触りが読後に残るのはそういうことなのだな。ふむふむ。←ひとりで納得。

2003年09月01日(月) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV5「体は全部知っている」

吉本ばなな著/文藝春秋/1143円

体は全部知っている
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吉本ばななの本は初期作はすべて読んだけど「アムリタ」あたりからどうにもイマイチで読まなくなっていた。でもなんとなく久しぶりに手に取ったら見事に復活しているではないか。

この短編集は著者の感性と技術がバランスよく一致した傑作かと思う(一時期「感性」的なものに偏っていてバランス悪かった気がする)。人生をスライスするナイフの鋭利さ。それに空気感を与えるポンプの精巧さ。そしてなによりそれらを貫く背骨の太さ…。読み始めはちょっと物足りなく「あぁまた感性主導型ばななワールドか」と思わせたが、途中から背骨の太さ・一貫さに気付かされ、最小限に絞った言葉の的確さにも驚かされ、やっぱり希有な作家であると再認識させられたのである。

題名は一見各短編に関係ないようであるが、実は大きなテーマをそこに主張している。
この言葉が各短編を結ぶベルトであり鍵であり鍵穴でもある。頭でっかちな「理解」とは別次元にある生理的な「実感」。それを物語周辺の空気感で表現し、読者に体感させてくれる手腕の見事さ。遺物に触れぬよう注意深く周りから掘っていく遺跡発掘のような手並みである。もちろん味付けは現代風なんだけど。
お茶でも飲みながらゆっくり味わって欲しい短編集。おすすめ。

2001年02月01日(木) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

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