似た波、違う波、思ってもみなかった波

2007年3月 8日(木) 8:34:00

今読んでいるよしもとばななの「チエちゃんと私」の中にこんな一節があった。無口なチエちゃんが独白する場面である。ちょっと長いけど引用してみる。

私はサーフィンをしなくて見ているだけだけど、見るのは好き。ずっと見ていると少しわかってくる。今日の午後、どんな波が来るのか、ある程度予測はつくんだよね。うんと慣れてくると。でもそこが人というものの弱いところで、サーフィンをする生活が数年続いてルーチンになってくると、いつかの天候、そのときの波と比べるようになってしまうし、波のことがわかったような気になってきてしまうみたい。それでケガして、また反省して、またケガして、を繰り返す人はとても多いよ。同じところをぐるぐる回ってるのに気づかないの。実は違うんだと思うんだ……。毎回違う波だというふうに思えることのほうが、似た波を分類するよりも大事なの。天気の分析は欠かせないものだし、するべきなんだけど、同じような天気と波があると思ってしまうのはとても傲慢なことで、同じようなものがあるとしたら、それは自分の内面のほうであって、世界のほうではないの。これって、自然はすごいっていう話じゃないよ、全然。自然以外も、全てのことがほんとうはそういうふうに毎回少しずつ違っているのに、広すぎてこわいから、人間はいつでも固定させて、安心しようとするの。知ってることの中に。
3月末に家族でポルトガル旅行に行くのだが、そう言うと「なんでポルトガルなの?」とたいてい聞かれる。フランスでもイタリアでもスペインでもなく、アジアでも南の島でもなく、なんでポルトガル? と。

その理由はこんなことに近いかなぁと読みながらちょっと思った。人生も40年以上過ぎてくると波がだんだん似て見えてくる。そしてわかったような気になってくる。フランス行ってもイタリア行っても(食の経験値は深まるかもだけど)、ボクにとっては、似た波の枠から出ない感じがどこかでする。

ボクが今回旅行の候補に入れたのは、ポルトガルとかアルジェリアとかオランダなどなのだが、どれも自分の中で「思ってもみなかった波」である。そういうのを意識的に人生に組み込まないと、すぐ安心してさぼろうとする自分がいる。意識して刺激しないとすぐ自分の枠内で満足するようになっちゃうのだ(同じ理由で南米や中近東も考えたが、娘にはちょっと早い)。


というか、レストランでの食事も「波」に似てるなぁ。今日の夜、どんな波が来るのか、ある程度予測はつく。でも、

同じような天気と波があると思ってしまうのはとても傲慢なことで、同じようなものがあるとしたら、それは自分の内面のほうであって、世界のほうではないの。
似てる部分、違う部分を分類して、知ってることの中に固定して安心しようとする。毎回違う「波」なのに。つまんないね。気をつけよう。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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