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LV2「悪人」

吉田修一著/朝日新聞社/1800円

悪人
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吉田修一は「パークライフ」くらいしか読んでいないが、ずいぶん雰囲気が変わったなぁ、というのが第一印象。桐野夏生が書きそうな題材で、彼が書くタイプのものとは思えなかった。これは作家としての飛躍なのかどうなのかは他作をあまり読んでないのでよくわからない。

わかりやすく悪人という人間がいるのではなく、どの人の心の中にも悪人はひっそりと棲んでいるのだということを、細やかにいろんな人の一人称を積み重ねていくことで描いている。途中で「殺人を犯した人が一番悪人っぽく見えないというラストかも」と思ったら、やはりそんな感じだった。
どの人の心の中にも悪人が棲んでいることは昔から題材として多く取り上げられてきたが、ひとつの小さな殺人事件を軸にして、その人間模様でそれを浮き彫りにした筆力はさすがである。ただ、人間模様で描く分、無関心という悪とか親の愛という悪とか寂しさという悪とか、それぞれがちょっとずつステロタイプな姿になって「役割を演じる感じ」になったのが残念かも。まぁでもそこをわかりにくくしちゃうと小説としてまとまらないので仕方ないが。

本書は新聞連載小説だったらしい。著者はそれをかなり意識してこのストーリーを紡いだ気がする。つまり、彼の連載のすぐ上に、さまざまな悪人の小さなニュースが載るわけだ。それらの記事の背景にどんな「悪」があり、真の「悪」はいったいどこにあるのか、一歩ずつ読者を立ち止まらせたいと思ったのではないだろうか。単行本にまとめられてしまうとその効果は薄れてしまうのがちょっと残念。

2008年01月06日(日) 17:25:09・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV5「陰の季節」

横山秀夫著/文春文庫/470円

陰の季節
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第5回松本清張賞受賞作。D県警シリーズ第1弾。1998年初出。

「まったく新しい警察小説の誕生!」と選考委員の激賞を浴びたらしい。確かに新しい。刑事を主人公にせず、警察組織内のいわゆる管理部門に勤める人間達を主人公にしているのだ。人事課、監察課、婦警、秘書課…。そこに配属されている「サラリーマン」たちを描いているのである。

とはいえ、きちんと警察小説になっているのがスゴイ。刑事ものと変わらぬスリル&サスペンス。裏方の悲哀とひたむきさに心を打たれる。この辺のウェットかつ緻密な描き込みは横山秀夫ならでは。「多少ウェットすぎるかな」とか「ボクらも同じサラリーマンであるが、こんな人間模様は普通ありえないな」とか「ちょっと昭和の匂いがしすぎるな」とか、いろいろネガティブな思いもあるのだが、全体に実によく出来ていると言わざるを得ない。その取材力、構成力、筆力、どれをとっても一級品。

松本清張と浅田次郎と宮本輝が混ざり合った印象だった著者であったが、その中の松本清張部分がぐんと前に出てくると俄然よくなると個人的には思っている。この本はまさにそれ。このシリーズはちょっと追ってみたい(著者の他の本はちょっとウェットが勝ちすぎていて今のところ好みではない。もう少し歳をとったらあるいは)。

2007年03月25日(日) 8:31:25・リンク用URL

ジャンル:ミステリー

LV5「チエちゃんと私」

よしもとばなな著/ロッキング・オン/1300円

チエちゃんと私
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よしもとばななの最新長編。
著者自身のあとがきに「せっかくバブルの時代も経験したことだし、私なりに『ハートカクテル』みたいなもの、サガン的なものひとつ書いておこうかな、と思い、心をこめて書いたのにこんな変な小説になってしまいびっくりしました」とあるが、わたせせいぞうの「ハートカクテル」的な世界が出発点だとしても、辿り着いた地点は相当違う感じ。

これはたぶん穏やかな気づきと自立のお話だ。
とても穏やかにコーティングされているのでいろんな優しい気持ちに振り回されてしまうけど、底流には「人生を1ストリームとして生きている人への残念な想い」みたいな厳しいものが流れている気がする。バブルの経験が活かされているとしたら、そこらへんだろう。

たとえば社会に出ているたいていの人は、明日が来るということを疑わず、明日のために今日を生きている。どうもそうではないらしい、と胃ガンを切った父親が気づいて移住するところから主人公であるカオリの人生が動き出し、最後にはチエちゃんを媒介にして気づきと自立を得て、満ち足りる。一瞬一瞬を愛する技を手に入れる。それはたぶん「ふたりともこのままおばあさんになっても」惜しくないほど貴重なものなのだ。

そして、先日突然亡くなった池田晶子の哲学のような言葉を吐く。
「私は燃えるような謎でできている。宇宙の謎よりももっと大きな謎を秘めている」。

一瞬一瞬に満ち足り得る人に、1ストリームとしての人生はない。いや、1ストリームとしての1日すらない。その辺の気づきを与えてくれる佳品である。

ちなみにこの本の中盤にとてもいい描写がある。そこを引用した文はこちら。引用の方向性が浅いけど、それはそういうテーマを書こうと思ったメモだからお許しを。

2007年03月11日(日) 18:57:59・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV3「クライマーズ・ハイ」

横山秀夫著/文春文庫/660円

クライマーズ・ハイ
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1985年の日航機墜落事故を舞台にした長編小説。

御巣鷹山に飛行機が落ち、地元紙「北関東新聞」の遊軍記者として半ば干されていた主人公が全権デスクに任命される。一方、その日一緒に衝立岩を登るはずだった同僚は意識不明の重体となり病院に運ばれる。このふたつの事件が同時進行系で語られ、そこに父と子の確執、組織内のくだらない縄張り意識、友情、出世争い、報道の意味、被害者の想いなどが濃く濃く絡んでくる。この濃さが逆に鼻につく人もいるかもしれない。人間模様ありすぎではある。しかも相当オーバーである。でも未曾有の大事故を題材にしているだけにこれは仕方ないのかもしれない。よくぞこれだけの要素をまとめきったと賞賛すべきだろう。

ただ、率直に言って、墜落事故前後の臨場感が凄まじい分(この辺の描写は本当にスゴイ)、他の要素を邪魔に感じたのは事実。特に登山のエピソード。タイトルにも関連する最重要エピソードであり小説の骨そのものなのだが、それが柔く甘ったるく感じられてしまうのが小説構成上ちょっと弱いかもしれない。そのエピソードが主人公である悠木への共感につながるのであればまだしも、どうもそこまで行かないもどかしさがボクの中にあった。

人間ドラマ、は、人間を濃く濃く描けばいいというものでもない。ヘミングウェイのように事実展開だけを追っていっても描ける。そういう意味において、多少この本はToo Muchすぎる。でもそれがこの著者の「味」と言えば「味」なのだろう。絶賛する人が多いのも頷ける。

2006年09月01日(金) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV3「大黒屋光太夫」

吉村昭著/毎日新聞社/上下各1500円

大黒屋光太夫 (上)
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10月頭にモスクワ〜サンクトペテルブルグに個人旅行に行く予定になったので、急遽読んだ長編。上下巻であるがとても読みやすいのであっという間だった。著者は「書き終えるまで死にたくないと何度も思った」と書いているから、ひょっとしたら遺作になるかもしれない。そういう意味では吉村歴史文学(と呼ぶのだそうだ)の集大成とも言えるだろう。

とはいえ、妙な力が入っているわけではなく平明かつ流れるような文章。
鳥羽から江戸に向かう途中で嵐にあって漂流し、ロシアの島に流れ着き、カムチャッカ半島から西端のペテルブルグまで大陸横断し、エカテリーナ女帝に謁見し、ロシア政府の方針を変更させて帰国許可を勝ち取り、また大陸横断し、北海道から江戸、そして故郷に帰り着くまでの10数年の道のり。
ただでさえも感動的な物語なのだが、著者は淡々と描いていき、ラストあたりは少し盛り上げが足りないかと思うくらい。でもいまのボクにはこの程度の盛り上げがちょうどいい。ちょっと浅田次郎が書く大黒屋光太夫でも読んでみたい気もしたが(笑)。あ、淡々とといっても、ちゃんと盛り上げてはいるんですよ。極寒の描写なども圧巻。ただ、事実が感動的すぎるので、それに比べると淡々、といったところ。抑制が効いたストーリーメイクはさすがなもの。興味ある方にはおすすめ。

追記:光太夫がエカテリーナ女帝と謁見したエカテリーナ宮殿に、この本を読んだ1週間後に行った。
この部屋で待機して、この部屋で謁見したのかな、などと想像しながら光太夫と同じ空間を体験した。宮殿を出て、あまりに美しい秋の庭園を散歩しながら、きっと光太夫はこれと全く同じ美しさを体験したに違いないと確信を持った。200年の時を越えて同じ土地に立つカタルシス。歴史小説の感動の大部分は「いまとつながっている」この感じなのだろうと思ったり。

2003年10月01日(水) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:歴史小説

LV5「デッドエンドの思い出」

よしもとばなな著/文藝春秋/1143円

デッドエンドの思い出
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書き下ろし短編集。
しみじみせつなくなりたいときにうってつけの本かもしれない。砂糖菓子のように甘い物語たちだし、いい人しか出てこないし、「なんだかなー」と思う部分もある。特に男性キャラたちがいい人すぎるのもなんだかなー(ま、いつものことだけど)。でも、どうしてもこの魅力にはあらがえない。そんな感じ。あ、正確に言うと登場人物たちはかなり辛い目にあったりするのだけど、不思議に静謐で幸せな読後感が待っている。これもいつものことだけど。

「幽霊の家」「おかあさーん!」「あったくなんかない」「ともちゃんの幸せ」「デッドエンドの思い出」の5編収録。どれも印象深い。帯で著者が「これまで書いた自分の作品の中で、いちばん好きです。これが書けたので、小説家になってよかったと思いました」と書いているのは表題作「デッドエンドの思い出」。甘々なこの作品を一番好きと正面切って言われるとちょっと鼻白むが、いかにも「よしもとばなな」であることは確か。ボクも思わず何度か読み返し、昔の失恋とか思いだし、涙にくれたりしたりした(笑)。そういうチカラは確かにある作品。泣けるししみじみ感に浸れるこの感じはマジで捨てがたい。

さてこの本は目次の横に「藤子・F・不二雄先生に捧ぐ」と書いてある。
そして短編「デッドエンドの思い出」の中で語られるドラえもんの時計の写真がその言葉の横にカラーで載っている。短編の中で主人公は、その時計に描かれているのび太とドラえもんの姿(のび太の部屋で寝ころんで漫画を読んでいる)こそ幸せの姿なのだと言っている。実はこの短編集にとってこの時計のエピソードの意味は実に重いのではないかと思う。あ、そういうことが言いたかったのね、と氷解する部分がいろいろある。一種中原中也的な手触りが読後に残るのはそういうことなのだな。ふむふむ。←ひとりで納得。

2003年09月01日(月) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV3「美麗島まで」

与那原恵著/文藝春秋/1600円

美麗島まで
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著者が、亡くなった母親、そして家族の歴史を、沖縄〜台湾(美麗島)までゆっくり静かに追ったノンフィクション。
と書くと硬派っぽいが、ちょっと須賀敦子のような静かな筆致と地道なルーツ探しや地味だが豊かな旅などが重なり合ってとても味わい深く優しい一編に仕上がっている。母親を追っていく過程でさまざまな出会いをし、偶然としか思えない巡り合わせもあり、著者はこの本の中でゆっくり成長しているようである。
読み進むうちに、沖縄と台湾の歴史も副産物的に理解される。家族を追いその周辺を描写しながら、結果的に戦前戦後を日本と台湾に挟まれながら生きた沖縄人たちの姿まで浮き彫りになってくる。著者は東京で生まれ育った沖縄二世。沖縄人でも大和人でもない視点からこの本を書くことで自分の精神的ルーツを確立したい気持ちもあったのだろうと思う。美麗島までの旅は、著者にとって自分への旅でもあったのだ。

2003年08月01日(金) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:ノンフィクション

LV3「半落ち」

横山秀夫著/講談社/1700円

半落ち
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「このミステリーがすごい2003年」と「文春ミステリーベスト10」の両方で1位とされた大ヒット作。直木賞候補にもなっている。

非常に評判がいいので期待して読み始めたが、期待しすぎたのかちょっと乗り切れなかった。文章は上品で構成もよく、細部までよく出来ている。でも、ボクにはラストの盛り上げがtoo muchかつ「よく出来ていすぎて」どうにも白ける部分が出てしまう。まぁ天童荒太の「永遠の仔」みたいな感涙大ヒット作や、「鉄道員」以降の浅田次郎の諸作でも単に「あざとい」と思ってしまうボクなので、これはもう相性が悪いというしかないのかもしれない。いや、まぁ、この本にもちゃんと泣かされたんですけどね。ちょっと涙しながらも、どうにも居心地が悪い感じが残ってしまって。

それぞれの章の刑事、検事、裁判官、記者などの人間模様は実によく書けている。
警察のシステムもいろいろと明解だった。逆に犯人が自白しない理由が一番しっくり来なかった感じ。もうちょっと他の解決策はなかったのだろうか。ちなみに半落ちとは、「全面的に容疑を認めているが口を割らない状態」かな。要するに「落ちきってはいない」状態ね。

2003年02月01日(土) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:ミステリー

LV3「パーク・ライフ」

吉田修一著/文藝春秋/1238円

パーク・ライフ
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今年度芥川賞受賞作。
基本的に著者の持つ描写力やリアリティの紡ぎ出し方、かすかな希望への謙虚な表現、などは好きである。好みの方向。
が、この短編に描かれている世界はちょっと物足りないのも確か。淡々とした日常と、その裏にリアルに存在する世界の動き(それも負に近いもの)の対比が特に物足りない。だから、あるスライス・オブ・ライフにしか見えてこない。ボクたちの日常はそういうバランスなのだ、ということはわかる。が、メタファー的なものでも良いから、確固たる対比がボクは欲しかった。描写やストーリーが良いだけに、逆に主題が明確に見えてこない。ラストもはぐらかしで終わっているように思えてしまう。ラストが、かすかで微妙な明日への希望であるなら、中盤にそれに対するものが欲しい。そんな印象。

独自の視点で日常を切り出すことには成功しているが、じゃぁこれが芥川賞かというとウームとうなるなぁ。一番大事な部分をはぐらかして書いているような印象がどうしてもぬぐえなかった。併載の短編「flowers」の構図のわかりやすさもどうなのかと思うが、こっちの方が印象は強かった。

2002年10月01日(火) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV4「旅行者の朝食」

米原万里著/文藝春秋/1524円

旅行者の朝食
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名エッセイスト米原万里。「彼女のエッセイにハズレなし」はすでに定説で、ボクは過剰な期待をもって読み始める。この本もその例に漏れず。期待が過剰すぎてちょっとガクッと来たが、エッセイとしての出来はほぼ完璧。いつもはあるはずの哄笑する部分が今回はない、というところだけが不満なのである。気楽に読み流すエッセイとしてはとてもいい時間をボクたちに与えてくれるだろう。

いつもの如くロシアの話題が中心であるが(だって著者はロシア語通訳だから)、今回は「食べ物」に焦点を絞っている。不勉強にもジャガイモの普及の話は知らなかったのでその章が特に印象に残っているな。話題を食に絞ってしまったせいか、いつものキレがない部分もあるが、楽しいエッセイ集ではある。

2002年07月01日(月) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:食・酒 , , エッセイ

LV5「星をつかむ料理人」

吉野建・源孝志著/新潮社/1600円

星をつかむ料理人
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フレンチレストランファンなら一度は聞いたことがあるだろう、小田原の幻の名店「ステラマリス」のシェフだった吉野氏の半生と日本人初のミシュラン一つ星への挑戦(正確に言えば中村勝宏シェフが取っているが)を、本人とテレビディレクター(星が取れるかどうかの取材番組を作った)が、主観と客観で書きつづった本。
章ごとに料理名を配した構成、素直な主観でつづったシェフの文章、短くも簡潔な源氏のフォロー、それぞれがきちんと絡み合い、とてもいい本に仕上がっている。

料理人の想い、完成された料理、レストラン業界の表と裏、挫折、雌伏、そして常に上を見つづける視線・・・すごく盛り上がりのある本というわけではないが、志の高い静かな料理を食べたような、そんな読後感。料理やレストランが好きな人ならかなり楽しめる本だと思う。

2001年09月01日(土) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:食・酒 ,

LV5「ロシアは今日も荒れ模様」

米原万里著/講談社文庫/495円

ロシアは今日も荒れ模様
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前に読んだ「不実な美女か貞淑な醜女か」も相当面白かったけど、デビュー作のそれにくらべてこれは慣れてきたのかもっとこなれていて、なんか安心して楽しめた感じ。
相変わらずどのエピソードも選り抜きで、ロシア人とロシアという国の素顔をよく伝えてくれていると思う。著者自身の感性に「ロシア的小話」が深く入り込んでいるようで、小話的「我を笑う」視点がそこここに出ているのが特によい。そういう感性もなく、文章も下手な人がこういう題材を書いたら(ありがちだよね)、自慢めいてめちゃめちゃつまらないものに仕上がっただろう。ボクたちは「ロシアという文化の翻訳者」に米原万里を得て、実に幸せなのである。

それにしてもこのなかにたくさん描かれているロシア人の酒量についてのエピソードには愕然とした。
その中のひとつ、実話らしいが、ソ連宇宙総局の幹部3人(というとわりとお年寄りだろう)が六本木のあるバーの飲み物を最後の一滴まで飲み干したというエピソードには特に。だって「ウィスキー15本、ウォトカ5本、ブランデー5本、ワインとビール数知れず」だって言うんだから……。3人で、だぜ。うーむ、ボクは若い頃「ウィスキーのボトル1本なら軽いです」って自慢してたけど、井の中の蛙とはまさにこのことだなぁ。

2001年03月01日(木) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:エッセイ , 時事・政治・国際 ,

LV5「体は全部知っている」

吉本ばなな著/文藝春秋/1143円

体は全部知っている
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吉本ばななの本は初期作はすべて読んだけど「アムリタ」あたりからどうにもイマイチで読まなくなっていた。でもなんとなく久しぶりに手に取ったら見事に復活しているではないか。

この短編集は著者の感性と技術がバランスよく一致した傑作かと思う(一時期「感性」的なものに偏っていてバランス悪かった気がする)。人生をスライスするナイフの鋭利さ。それに空気感を与えるポンプの精巧さ。そしてなによりそれらを貫く背骨の太さ…。読み始めはちょっと物足りなく「あぁまた感性主導型ばななワールドか」と思わせたが、途中から背骨の太さ・一貫さに気付かされ、最小限に絞った言葉の的確さにも驚かされ、やっぱり希有な作家であると再認識させられたのである。

題名は一見各短編に関係ないようであるが、実は大きなテーマをそこに主張している。
この言葉が各短編を結ぶベルトであり鍵であり鍵穴でもある。頭でっかちな「理解」とは別次元にある生理的な「実感」。それを物語周辺の空気感で表現し、読者に体感させてくれる手腕の見事さ。遺物に触れぬよう注意深く周りから掘っていく遺跡発掘のような手並みである。もちろん味付けは現代風なんだけど。
お茶でも飲みながらゆっくり味わって欲しい短編集。おすすめ。

2001年02月01日(木) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV1「ただの私に戻る旅」

横井久美子著/労働旬報社/1800円

ただの私に戻る旅―自転車でゆくアイルランド私の愛した街
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副題が「自転車でゆくアイルランド・私の愛した街」。
1995年に出た本だからもうずいぶん前という感じ。アイルランド好きなもので、なんとなく買ってあった本。やっと読んだ。

歌手である著者が20周年記念コンサートを終えて抜け殻になったココロをアイルランドのひとり旅で癒していく過程を書いたもの。
著者が感じたこと、気付いたこと、悟ったこと・・・そういったものになるべく寄り添って静かに読んでいったのだが、結局「自分に対してだけ書かれた自分本位の独白」の域を出ていないから、なんというか読者が入り込む余地がないのが残念。自費出版の本などによくあるような自己完結型文学に近い感じ。それの良し悪しは一概には言えない。ただ著者は読者になにを伝えたいのだろう? アナタは確かに苦しんだ。ひとりでよくがんばった。なにかを掴んだ。それはよくわかった。でも、それでどうしたの? で、だから何なの? 皮肉でなく、真剣にそう問いかけたい。
歌手なら心に届かせる術を知っているはず。それが文章に活かされていないのが残念。

2000年04月01日(土) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル: , エッセイ

LV1「デパートB1物語」

吉田菊次郎著/平凡社新書/660円

デパートB1物語
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帯に「デパ地下ファン、必読! シビアな商戦、泣き笑いのドラマ。デパート食料品売場の全貌と魅惑がここに!」とある。うーん、読みたくなるでしょ? ならない? でもまぁそんなに興味がわかなかったら読まなくてもいいかも。

作者は渋谷の「ブールミッシュ」という洋菓子店の社長で、彼の一人称で書かれているのが新書的ではなく面白いと思ったけど、内容的には一人称な分ちょっと中途半端になってしまった。
最終章の「世界の名店たち」がわりと個人的には興味深かったけど、それ以外はなんだかあり得る展開で、もっといろんな客との確執やら事件やらなにやらで盛り上げてくれる物とばかり思っていたボクはまるではぐらかされてしまった。総花的すぎる気がする。

でも、ドラマとかになるかもね、この題材。表題は魅力的だし。

1999年07月01日(木) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:食・酒

LV3「脳内イメージと映像」

吉田直哉著/文春新書/710円

脳内イメージと映像
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映像とは何か。
これはボクのテーマのひとつでもあるのだが、この本は、脳内で表出される映像「脳内イメージ」を手がかりに、「映像とは脳を拡大するために脳の延長として存在する」という結論まで個人の体験(臨死体験)をもとに平易に書き進めていく。

自分の五感の外のものとして映像を捉えていたボクにとってかなり新鮮な論であったが、もっともエキサイティングだったのは、(著者も危惧しているが)「映像が脳を越えるときが来るかもしれない」という新しい視点を与えられたこと。いろんな妄想が沸き上がってくる。読書の醍醐味だ。

著者は元NHKのディレクター。科学的に小難しく書こうと思えばどうにでもなってしまう題材をここまで平易に書いたことは大変素晴らしく思う。

1998年12月01日(火) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:映画・映像

LV1「全国380軒 ラーメン鑑定書」

米塚功著/読売新聞社/1200円

全国380軒 ラーメン鑑定書
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労作である。
全国380軒のラーメン屋を食べ歩きその味を5段階で評価している。

ある種「どんな店でも誉めまくるマスコミへのアンチテーゼ」であると思う。その姿勢はボクとかなり近いところにあるし、独断具合も好きであるが、ちょっと筆圧が強く読者が引いてしまうところがあるのが残念。ここまでするなら筆を押さえて冷静に書いた方が効果的であったと思う。後半の「ラーメン紀行」なる紀行文も期待したほどではなかった。惜しい感じ。

1998年05月01日(金) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:食・酒

LV5「不実な美女か貞淑な醜女か」

米原万里著/新潮文庫/514円

不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か
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同時通訳って職業をいままであんまり意識したことがなかったけど、この本を読んでからはかなり意識して通訳を聞いてしまうと思う。ロシア語通訳としては第一人者でありニュースショーなどでコメンテーターもこなす著者の初エッセイで95年刊。ボクは今回初めて彼女を読んだ。

前半は初エッセイということもあるのかかなり肩にチカラが入っておりちょっと読みにくいが、ほかの同時通訳者のエピソードなどをちりばめた中盤以降かなり快調に読み進める。
同時通訳という職業の難しさなどを実例に即して読んでいるうちに言葉というものの摩訶不思議さまで突っ込んで理解されてくるあたりがなかなか上手。語り口も軽くなく重くなく素晴らしい。こういう新しい世界を覗かせてくれる本は好きです。

1998年05月01日(金) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:エッセイ

LV1「東京見おさめレクイエム」

横尾忠則著/朝日新聞社/1600円

東京見おさめレクイエム
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視点や良し。日々変わって行ってしまう東京を「見おさめ」ようという。江戸川乱歩「青銅の魔人」の銀座、太宰治「犯人」の吉祥寺、吉行淳之介「大きい荷物」の田園調布…、などなど、その本や映画に描かれた東京を見おさめ、レクイエムをおくろうというのだ(そういう主題にまったく乗っ取らない章もあるが)。しかも著者ならではの霊的な視点もずいぶん入っている。

が、不満なのはそれぞれのものへの突っ込みがあまりに足りないこと。朝日新聞でのコラムだったらしいから字数など制限はあったろうが、それにしても題材がいいだけに読者としては非常に消化不良、欲求不満が溜まるのだ。惜しい。

1998年03月01日(日) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:エッセイ

LV5「横尾忠則自伝」

横尾忠則著/文藝春秋/1995円

横尾忠則自伝―「私」という物語1960‐1984
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副題は「「私」という物語1960‐1984」。

画家横尾忠則のまったくもって面白い半生記。
読み始めたら止まらない。この人のすごいのはこんなに成功してもまだコンプレックスのかたまりで、ふつうの感覚を失わないこと。ものすごい交友関係・アート履歴・精神世界を、そこらの兄ちゃんみたいなさりげなさで書いている。でも逆にこれって大変な筆力がいるんだよね。さすがです。個人の青春記でもあり日本のアート青春記でもある傑作。

1996年04月01日(月) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:自伝・評伝 , アート・舞台

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