今日でこのサイトを始めてから20年になりました

2015年8月20日(木) 9:10:12

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今日でこのサイトを始めてから20年になりました。

最近はフェイスブックでの近況更新が多くなっており(https://www.facebook.com/satonao)、サイトの更新が滞っておりますが、まぁでもまた毎日更新に戻るとは思います。そのうちだけど。

サイトを始めた20年前は、前年にアメリカでヤフーとアマゾンが産声を上げたばかりのころ。グーグルなんて影も形もありませんでした。

つまり、まともな検索がなかった時代なので、各サイト、みんな「リンク集」を持っていて、そのリンクを辿って新しいサイトを発見する、という原始的なネットサーフィンをしてました。とはいえ「個人が世界に発信できる」というメディアは人類史上初でもあったので、感動の連続でした。

個人サイトもまだ数えられるくらいしかなく(日本人でやってる人、100人くらいだったんじゃないかな)、htmlを教えてくれる本とかもまだ出てませんでした。だからアメリカのサイトのhtmlソースをコピーして研究し、見よう見まねで発信を始めたのが20年前の今日なのです。

ブログなんて言葉ができるのは、その7〜8年後ですからね。

まだダイヤルアップの細い回線しかなかったので、重い画像を使うのは御法度。写真を使うなんてあり得ない世界。すべてテキストでの構成でした。ブラウザもネットスケープ1.0とかだったし。

始めたきっかけは同年に起こった阪神大震災(夙川で被災した)とある方の影響。よく始めたなぁ。ハードル高かったはずなのに。20年前にサイトを始めてなかったら今の自分はなかったとつくづく思います。

20年前の自分、よく始めた!偉い!

画像は当時のサイトデザイン(昔は誰もサイトなんて言葉は使わず、ホームページと呼んでたけど)。
よく見ると、もうジバランの本を売ってるころなので、1998年くらいかな。原始的な構成だけど、毎日更新してました。サイト数も全然少ないころだったせいか、かなり人気サイトだったと思います。メールも日に100通くらい読者からもらってました。

手打ちhtmlでしこしこ更新をつづけていたあの頃。
「知り合うはずのない個人と個人が距離を超えてつながる」という醍醐味に震えてました。いまではすっかり馴れてしまったけど、当時は本当に「奇跡的なこと」だったんです。

その震えをリアルに思い出す朝。
いろいろあるけど、やっぱりボクらは「幸せな時代」を生きてるな、と思います。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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