同時代を生きている強い共感 〜みなさま、今年もお世話になりました
2012年12月31日(月) 17:59:31
みなさま、今年も1年間、お世話になりました。
今年、フェイスブックやツイッターだけでしかお会いできなかった方も多いですが、ソーシャルメディアでつながっていると疎遠になっている感じはしないし、「同時代をいっしょに生きているんだなあ」ということも強く感じます。
こういう「同時代を生きている強い共感」みたいなものって、有史以来初めて人類が経験するものじゃないかな。
もちろんいままでもいろんなイベントや事件や出会いで「同時代を生きている共感」はあったわけだけど、ソーシャルメディアの場合は距離を超えてリアルタイムで友人・知人の心の動きがわかる。こっちから電話して聞かなくてもそっちからどんどん語ってくれる。この「多くの友人・知人が想いを表明し、それをリアルタイムで読めることの共感」は、人類が手に入れた最新の快感であり、一種の「人間関係革命」なのだろうと思います。
その、有史以来初めての人間関係に、今年もいろいろ助けられ、刺激を受けました。
本当にありがとうございました。
2012年。
個人的にも本当にいろんなことがあったけど、あえて超個人的に印象深かったことをふたつだけ書いておきます。
ひとつは、この日のブログに書いた「カラリと氷解した瞬間」。
この日、東日本大震災以来1年半くらいに渡る、なんというか「生真面目との闘い」みたいなものから突然スカッと抜けました。悩み続けたことからの突然の脱却。感情の蓋がパカリと開いた。あの瞬間は今年のハイライトだなぁ。
それ以来、本当に変わったですね。まるで別人というか、昔の軽妙さと不真面目さが戻ってきた感じ。この「いい不真面目さ」はボクにとってとても大切なもの。
もちろん、震災支援とかについてはいまでも生真面目なんだけど、なんというか、生真面目“すぎる”と視界が狭くなるし、自分を追い込むんですね。
河合隼雄は「正しいことを言いだすと、決まって人は悪いことをする」と書いた。
山本夏彦は「まじめということはよいことだと思われているが実は悪いことなのだ。まじめと正義は仲良しだ、したがって正義も悪いことなのだ」と書いた。
なんというか、そんなようなこと。
そこから抜け出せた途端、急に視界が広がり、見えなかったものが見えてきたわけです。
2011年後半くらいから仕事量が増えてどうしようもなくなり、電通にいた宇野実樹と、朝日広告社にいた伊藤美希子というふたりが仲間に加わってくれたのです。
ただ、上に書いたような「生真面目な時期」だったので、「喰わせなくちゃ」とか「いい給料あげなくちゃ」とか「もっと仕事しなくちゃ」とかいう思いに頭が占領されていき、なんだかとても精神的に不自由になってしまったですね。
でも、カラリと氷解すると同時にそこからもいい感じに抜け出せた。
いや、もちろん「喰わせなくちゃ」とか「いい給料あげなくちゃ」とか「もっと仕事しなくちゃ」とかいう責任は依然としてあるんだけど、「楽しくハッピーに生きるために会社を作ったし、そういうために集まってくれたんだよね」というもっと根本的な部分を思い出したというか。
その後は楽しいです。
10月から新オフィスも持ち、いろいろなことがポジティブ・スパイラルに乗りつつあります(たぶん)。
いつまで仲間でいられるか、会社や仕事が今後どうなるか、そんなことまったくわからないけど、でもまぁなるようになるさという気楽さも出て来て、楽になりました。いい仲間に出会えて幸せだし、今後も、それぞれの人生の事情が許す限り、楽しくゆっくりやっていきたいですね。
仲間になってくれて本当にありがとう。
写真は年末、3人での仕事打ちあげ。いまのところ仲良しです。
ということでみなさん、今年は本当にお世話になりました。
来年(つうか明日から)もよろしくお願いします!
