余韻が長い佳品 映画「パーマネント野ばら」
2010年7月 8日(木) 7:47:37
とてもいい映画を観た。「パーマネント野ばら」。
観ようかどうしようか迷っていたけど、友人の松井孝治さんに強く推されて出かけた。観て良かった。
美しい映画で、小さな町での小さな物語が淡々と描かれる。そこには生活のリアリティがあり、美しい風景の中の寂寞を見事に描き出している。この時点で監督の力量に唸る。
だが、終盤、この映画はガラリと姿を変える。
歌野晶午の「葉桜の季節に君を想うということ」を思い出した。あの本みたいにラストで大きく視点の転換が行われる。
いままで見ていた世界は実は全然違うものだったのだという気づき。
そしてそれは自分の人生や日常にも影響を及ぼし、「いま自分に見えている世界は本当に真の世界か」という疑問にまで発展する。
そんな余韻が長く残る佳品。
ラストは、主人公の娘の実在すら疑われてくる。どこまでが正しくてどこまでが間違いなのだろう。でも、それって、ある意味(自分が見ているようにしか見えないという意味において)人生そのもののことなんだよな、と思う。
西原理恵子の原作はまだ読んでいないが、終盤からラストに向けて一気に収束するストーリーは、たぶん映画という「タイムラインで進むパッケージ」の方が向いている。もしくは脚本・演出の勝利。
役者たちも実にいい。菅野美穂の受けの演技が本当に素晴らしい。絶品だ。夏木マリのリアリティもすごい。小池栄子と池脇千鶴の存在感も素晴らしい(小池栄子ってここまで出来るんだ、と驚く)。四草こと加藤虎ノ介もなかなか良い。ちょっと「川の底からこんにちは」を思わせる脇役おばちゃん軍団もいいスパイス。
家に帰ってベッドでひとりになってから、ひと場面ひと場面を愛おしく反芻した。
そして「自分に見えている世界」を検証しなおした。そうせざるを得ない気持ちだった。そんな映画めったにない。もう一度観に行こうかな…。
あ、それと、なんだか無性に「パリ、テキサス」を観たいと思った。
砂漠のどこかに、「パリ」は、きっとある。 そう、思う。
