オバマ大統領のプラハ演説

2009年04月07日(火) 8:26:10

5日のオバマ大統領による核廃絶に向けたプラハ演説は、ニュースでは意外と地味な扱いであったけれど、実は歴史的なものかもしれない。

「核のない世界」の実現に向けた新政策の数々を、核廃絶の壁だった核超大国のトップが、具体的に、明確に、希望的に発表した。これだけでも歴史的。

そのうえ。
演説冒頭で「アメリカは、核兵器国として、そして核兵器を使ったことがある唯一の核兵器国として、行動する道義的責任がある」と、広島長崎への原爆投下に明確に言及したのも歴史的。
アメリカ人のほとんどは「原爆投下のおかげで第二次世界大戦は終わった」という原爆に肯定的な考え方をしているという。こうした空気の中で「道義的責任」への言及を大統領がしたという意義は限りない。核廃絶に向けた大きな一歩になるんじゃないかな。

CTBT(核実験全面禁止条約)の早期批准やカットオフ条約の妥結に具体的に言及したのも素晴らしい。ここらへんくわしいわけではなく、Wikiとか見つつ勉強しながら書いているんだけど、アメリカが率先してこれらの条約への取り組みを表明するとは。ブッシュ時代が一気に遠くなった感あり。あぁ。世界をよくしようという思いを諦めてはいけないんだなぁ。青い感想だけどさ。

演説のラストのオバマ節を備忘録として。

こんなに広範囲な課題を実現できるのか疑問に思う人もいるだろう。各国に違いがあることが避けられない中で、真に国際的な協力が可能か疑う人もいるだろう。核兵器のない世界という話を聴いて、そんな実現できそうもない目標を設けることの意味を疑う人もいるだろう。

しかし誤ってはならない。我々は、そうした道がどこへ至るかを知っている。国々や人びとがそれぞれの違いによって定義されることを認めてしまうと、お互いの溝は広がっていく。我々が平和を追求しなければ、平和には永遠に手が届かない。協調への呼びかけを否定し、あきらめることは簡単で、そして臆病なことだ。そうやって戦争が始まる。そうやって人類の進歩が終わる。

我々の世界には、立ち向かわなければならない暴力と不正義がある。それに対し、我々は分裂によってではなく、自由な国々、自由な人々として共に立ち向かわなければならない。私は、武器に訴えようとする呼びかけが、それを置くよう呼びかけるよりも、人びとの気持ちを沸き立たせることができると知っている。しかしだからこそ、平和と進歩に向けた声は、共に上げられなければならない。

その声こそが、今なおプラハの通りにこだましているものだ。それは68年の(プラハの春の)亡霊であり、ビロード革命の歓喜の声だ。それこそが一発の銃弾を撃つこともなく核武装した帝国を倒すことに力を貸したチェコの人びとだ。

人類の運命は我々自身が作る。ここプラハで、よりよい未来を求めることで、我々の過去を称賛しよう。我々の分断に橋をかけ、我々の希望に基づいて建設し、世界を、我々が見いだした時よりも繁栄して平和なものにして去る責任を引き受けよう。共にならば、我々にはできるはずだ。

よりよい未来を求めることで、我々の過去を称賛しよう。世界を、我々が見いだした時よりも繁栄して平和なものにして去る責任を引き受けよう。
「世界」はオバマたちに役割を担ってもらう。ボクたちは「日本」や「地域」や「会社」や「家族」において、ボクたちが見いだした時よりも繁栄して平和なものにして去る責任を、まずはしっかり引き受けよう。それが「共に」動くということだ。

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