熊井啓監督

2007年6月 5日(火) 9:21:31

ボクがNYに行った前後に何人か亡くなっていて、もちろん石立鉄男はショックだったし、ZARDの坂井泉水や松岡農相にもビックリした。平岩外四や藤原伊織、大庭みな子、ちょっと前だと塩沢とき、北村和夫、池宮彰一郎、横山ノック、ロストロポーヴィチ、ここ数日では羽田健太郎と、このごろ有名な方の死が多い気がする(敬称略)。

でも、個人的に感慨深かったのは5月23日の熊井啓監督の死である。
日本を代表する社会派映画監督である。もちろんお会いしたことはない。でもボクが20歳の時(1981年)に観た彼の映画「謀殺・下山事件」が、いまでもその時の感情を覚えているくらい衝撃的だったのである。のほほんと軟派に生きていた大学時代のボクは、ガツンと一発かまされた感じであった。

戦後史最大の謎と言われる下山事件についてはWikiでも見てもらうとして、その後ボクは矢田喜美雄の原作「謀殺下山事件」を読み、これまた衝撃を受けて下山事件関係の本を読みあさった記憶がある。友人にも下山事件論争を持ちかけたりして、いま考えたら大迷惑なにわか社会派だ(笑)。でも資料を読みあさって戦後史の闇に潜っていったあの時間はとても充実していて、いまでも大学時代のある象徴として思い出したりする。
下山事件関係のみならず、謀略だの謀殺だの戦後の闇だの題された本を自宅デスク周りに積んでいて、親に心配されたこともある(反体制思想にかぶれたと思われたのかもしれない:笑)

社会や政治が一筋縄でいかず、本当に裏で怖ろしいことがまかり通る場合もある、と、薄々気づいていたことを目の前にドウダと提示された初めてのキッカケでもあった(奥手すぎ)。熊井監督には素直に「ありがとうございました」を伝えたい。

ちなみに、経歴を調べていて気がついたが、熊井監督、ボクと誕生日が一緒でした(6/1)。なんだかうれしい。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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