ポルトガル旅行4日目 〜トラブル&至福

2007年3月27日(火) 6:21:10

朝5時、スパッと目が覚める。7時間くらい寝られたかな。快調。
このホテルはネットに繋がったので、まずはMacで日記を書き、3日分をサイトへアップした。

今日も長距離を運転するので、少しでも行程を楽にするために早めに出発。というか、ポルトという都市に未練なし(笑)。環状線を走ってポルト市外の高速に乗り、まずはアマランテを目指す。今日はドウロ川沿いのブドウの段々畑を見つつ、アマランテ、レグア、ラメーゴという小都市を周り、最終地ベルモンテのポウサーダまで辿り着く予定である。

空が低い。まるでこれから巡り合うトラブルを象徴しているかのようなどん曇り。
そう、この日、大きなトラブルが発生したのだ。簡単に言うと、失せ物・病気・事故。うわぁ。こう書くと怖いな。でも悪いツキは全部放出し、夜には至福の体験が待ち受けている。禍福はあざなえる縄の如し。でもこの時点では誰もそんなことは知る由もなく、昨晩のメシのまずさの話で盛り上がっていたのであった。

トラブルについてちゃんと書き出すと、本にしたら一章丸々割かないといけないくらいの量になるので、超簡単に記していこう。

左右にブドウ畑を見ながらA24で1時間半くらい走りアマランテという街についた我々だが、当初この街は通り過ぎる予定であった。ただ、古く美しい石橋で有名だということなのでゆっくり市内を走っていたら、本当に美しい石橋が現れたではないか。こりゃきれい。思わず車を止め、写真を撮る。娘の響子も相変わらずデジカメ三昧。今日もいろんな「面白いもの」を探し出しては撮っている。

で、街も妙にかわいいので少し散策していると、橋沿いにポルトガル伝統スウィーツ屋を発見。テーブルも設えてありその場で食べられるようだ。ポルトガルは甘いものもなんだか妙においしい国。ちょっと昭和っぽい甘さで懐かしいのだ。アマランテは相当田舎なので英語も全く通じないが、スウィーツを指さし、テーブルを指さし、食べたいという振りをしてゆっくりいただくことにした。

ここで響子がチーズタルトを撮ってデジカメをテーブルに置いたのだが、それを忘れてしまうことになる。

ポルトガルは路駐天国で、どこにどう止めても何も言われないのだが(余程非常識な止め方でない限り)、日本人の我々は路駐にドキドキする習性がついている。遠くからピーポーピーポーという音が聞こえてくると焦って車を見に行く反射神経を持っている。で、こんな田舎に珍しくパトカーのサイレンが聞こえてきたので支払いもそこそこに店を飛び出し車に向かったのだ。

もちろん車は大丈夫。考えてみたら当たり前だよね、とか話ながらかわいい街をバックに写真を撮ろうとして、響子がデジカメを忘れてきたことに気がついた。走って戻る。その間3分ほど。でももうなかった。外国であんな精密機器を置きっ放しにして取られないわけがない、と大人のボクたちは知っているが、娘は納得できず、呆然として泣き出してしまう。でも店の人に何度聞いても「ない」「知らない」の一点張り。ううむ。でも疑い出したらキリがないし、第一言葉が通じない。

幸い、昨日まで撮った写真はMacに取り込んで保存してあるし、ボクもデジカメを持ってきているので、最悪の事態ではない。でもモノに妙に愛情を持ってしまう質の娘な上に、とにかくデジカメを撮りまくってハッピーにしていたのでショックは大きかったようだ。高額商品でもあるしなぁ。

まぁでもモノで良かったよ、また買えばいいんだから、と慰めても立ち直らない。しばらくそっとしておくしかない。というか、こんなことでポルトガルの印象が悪くなったらつまらない。ううむ…。

でも心配は無用だった。1時間後、第二のトラブルが起こって彼女は立ち直ったのだった。

アマランテ周辺はヴィーニョ・ヴェルデという微発泡の"緑"ワインで有名なようで、とにかくブドウ畑ばっかりだった。赤でも白でもなく緑ワインね。西麻布の「ヴィラ・マダレナ」で知って以来、好きでよく飲むワインなのだが、ポート酒用の畑と同じくらいたくさんある。
とにかくブドウ畑ばっかり。一応ワイン・アドバイザーの資格を持っている優子ははしゃぎまくり。ドウロ川特有の渓谷の急な崖を利用した段々ブドウ畑を「うわ〜ホントに段々畑だ〜!」とか叫んでいる。というか、マジで超急斜面をひと畝ごとに段々畑にしているのだ。高所恐怖症のボクでは収穫など絶対できないであろう。

で、満足そうにはしゃいでいた優子が急に黙った。
「アレ? なんだかお腹が痛い」と言い出す。その1分後には「ト、トイレ!」と叫ぶ。

彼女は便秘系の人で下痢など数年に一回あるかないかなのだ。それがこの急下降。焦ったボクは山道をぶっ走って店とか探すが、段々畑しかない。ま、結果的に道端の野原を掻き分けて行って処理したのだが、その後も座り込んで動けないほどの痛がりようだ。母親の突然のトラブルに響子はすくっと立ち直り、いろいろ気を使う。落ち込んでいる場合ではないと思ったようだ。

ボクはボクで常備している正露丸を3粒握り、彼女に渡そうとするが、薬すら飲めないくらい痛がっている。
うぅ。仕方ないのでとにかく街を目指そうと彼女を車を乗せ、走らせる。右手にはいつでも飲めるように正露丸を3粒持ったまま。そろそろ街だなぁ、人家が出て来たなぁ、と思った時点でまた「イタタタ! ト、ト、トイレ!」。すでに切羽詰まった顔の優子。う、うわ〜。もうすでに街だ。野原はない。人目も多い。しかもそこそこ大きな街だが店が見つからない…。「車で隠すから道で…」「ダメ! できない!」…そりゃそうだ。一分一秒を争う表情。ブロロロロ。めちゃくちゃ飛ばした。その最中、リスボンのヤマザキマリさんから電話が鳴る。放っておけばいいものを日本人の哀しい習慣として思わず出てしまう。右手に正露丸3粒。左手に携帯電話。目は店を探す。車はぶっ飛ばし。いま振り返っても事故らないのが奇跡的(その辺の様子はマリさんのブログでも書かれています)。

「かけ直す!」と叫んで電話を切り、ちらっと目の隅に入ったカフェの前(交差点)に無理矢理キキキと止めて優子を送り出す。ま、間に合うか!? 響子も一緒に走ってついていく。
後から聞いたら、カフェに入るなりカフェのおばさんが瞬時に状況を判断して何も言わずトイレの鍵を差し出してくれたようだ。これも奇跡的。言葉も通じないし、もう説明する余裕もなかったみたいだし。結局、ほんの一秒差でトイレに間に合った模様。車を安全な場所に止めて追いついた時には響子はトイレ前でポルトガル人に囲まれつつ頼もしく番をしていた。もうデジカメをなくした時の落ち込んだ面影はない。

結果的にはこれで優子の病気は終了。食あたりだったのかなぁ。昨晩のまずいメシか、アマランテのスウィーツか…。でも他の2人は平気だったしなぁ。いったいこの急降下はなんだったのだろう。不思議。
で、デジカメの件とトイレの件を2人に謝られつつ(いやいやお互い様よ)先に進むことにしたのだが、30分後、今度はボクがトラブルを引き起こそうとは…。

この街はレグアと言って、ポート酒の積み出し港でもあるドウト川沿いの街。
中途半端にでかく、道もわかりにくい。で、行ったり来たり迷ってうろうろし、注意力が散漫になっている時、それは起きた。

ガシャ!
接触事故である。旅先での面倒度トップクラス。

でも、幸いサイドミラー同士の接触だった。
音がした後バックミラーで確認したら駐車していたBMWが追ってくる。「あぁぶつけちゃったんだ〜」と諦め、道端に寄る。免許とって以来ほとんど初めての事故(軽い接触は以前あったが)。車を降りてBMWに近づいたら、中からスーツにサングラスの強面セニョール登場。引きつる。でも向うは向うで言葉が通じない&でか・ひげ・丸坊主にびびっていた模様。うーん、これはどうかなぁ、と言う顔でミラーをいじっている。あぁ、ミラーカバーがぶっ飛んでるよ。田舎なせいか、通りすがりの車が次々止まる。そうしているうちにぶっ飛んだカバーを拾って持ってきてくれた車も登場(親切だ)。みんなでワイワイやっている。困ったな。誰一人英語が通じない…。

そしたら強面セニョール、カパッとカバーをはめて電動ミラーを動かしてみた後、親指を立てるではないか。
ん? 何のサイン? と思ったらニコッと笑う。あ、オッケーってこと? 許してくれるの?

許すどころか、相手は「オブリガード(ありがとう)」と握手してきた。ありがとう?
おまけに横にいた優子にまで手を差し出して「オブリガード」って。いいヒトだぁああ〜(笑)。ありがとうを言うのはこっちなのに…。まわりの人々もみんな笑顔。いいヒトタチだぁああ〜(その辺の様子はマリさんのブログでも書かれています)。

ちゅうことで、トラブルが3つ連続して起こり、3人すべてが順番にトラブル元になり、逆に旅が印象的になったのでした。それぞれ軽く済んで良かったよ。いろんな教訓も得たし、結束も強まった。


ええと、いい加減長いな。あとは簡単に。
レグアの街を出てポート酒の醸造所とかを横目で見つつラメーゴに向かう。ちょっと芦屋みたいな雰囲気の高級さ。ポート酒成金が多く住んでいるのかな。
ラメーゴでようやくランチ。お腹に不安がある優子は見てるだけ。このラメーゴもなかなかかわいい街である。少し見物したかったが、トラブルが続く流れになっているので余計なことはせず、慎重に先に進むことにする。

昔ドライブしたことのあるウェールズ地方によく似た景色が続く。岩がゴツゴツ飛び出した草の高原。荒涼とした景色が大好きなボクとしてはまさに快感なドライブ。豪雨になったり晴れ渡ったりと不安定な天気の中(トラブル日にふさわしい天気)、2時間強高速を走って、目的地のベルモンテに着いた。

ここは「旅の行程上仕方なく泊まることになった街&ポウサーダ」である。
旅程を考えていてどうしてもこの辺で一泊しないと日数が足りないことに気付き、あっちこっち探した揚げ句見つけたポウサーダなのである。ポウサーダといっても民宿に毛のはえたものから古城までいろいろある。ベルモンテのポウサーダは超無名だし、他のポウサーダに比べて圧倒的に安いし、街自体も超無名&小さいので、実はまったく期待をしていなかったのである。

ところが奥さん!
このポウサーダが至福の宿だったのである。

昔の修道院を改装してモダンかつ清潔に作り替えてある。まだ新しい。周りは自然が色濃く残り、景色も最高。ホスピタリティもよく、笑顔が溢れている。施設的にも素晴らしい。要所要所にサロンがあり、アンティーク家具とモダンアートがセンスよく飾られ、気持ちのいいソファが置いてある。隠し部屋みたいのもあってどこも自由に使える。宿の周りの散歩も楽しく、石造りの修道院跡は古墳みたいな趣だし、裏手にはインディ・ジョーンズばりの洞窟まである。お腹を休めるために寝ている優子を部屋に残し、響子とふたりで探検してまわったが、もう響子がはしゃぐこと。確かに最高の宿である。センスよすぎ。ちょっとポルトガル人を見直したくらい。

で、食事もとても良かった。
ウズラとイベリコ豚のベーコンのポート酒煮込みが特に印象的。
地元のワインもシラーっぽい中にイチゴの甘みが隠れていて美味。チーズの品揃えもとてもいい。デザートもいい。サービスも丁寧&笑顔でグッド。すべてに満足して3人で80ユーロほど。安い!

食後酒にポートを飲んでボクは撃沈。
今日はホントいろいろあったなぁ。そうそう宿からヤマザキマリさんに電話して、昼の電話の非礼を詫びつつ笑い話をたくさん。心配してくれていたようだ。「でももうこれでアンラッキーは出し切りましたね」「そうそう、出し切った」

ん?
アンラッキーだったのかな。いや、意外とラッキーだったのかも。
響子は大切なモノをなくすことで海外での心構えを知り、優子は首尾よく行けた&響子が立ち直るキッカケになったし、ボクはボクで最小限の事故で済み、ポルトガル人の異様な優しさに触れられた。

笑って話せる程度で済んだラッキーに感謝しつつ、4日目もオシマイ。メモのくせに長くてスマン。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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