不幸だと決めつける傲慢
2004年7月10日(土) 12:21:37
もし拉致されなかったら曽我ひとみさんはあの愛するご家族を持ち得なかったのだ、あの娘さんたちは存在すらしていないのだ、ということに想いを馳せるとき、拉致を「被害」「不幸」と一面定義して思考停止する己の浅薄さに気がつく。娘さんたちの視点に立つと「お母さんが拉致されて良かった」であり、曽我さんにとっても娘さんたちは掛け替えのない幸せの象徴だ。本当に愛せる家族を手に入れること以上に幸せなことはこの人生にそんなにない。そういう意味において、曽我さんにとって拉致は幸せの側面を確かに持つ(たぶん蓮池さんや地村さんにとっても)。もちろん彼らのご両親にとっては一方的被害・不幸だが、彼ら本人にとっては被害・不幸だけでは語れない側面があるわけだ。政治的な側面や人さらい被害の側面のみで語るとそれを忘れがちになり、何よりも大切にしなければいけない本人たちの気持ちに鈍感になりがち。そんなこんなで自分を戒めるここ数日。
