陥りやすい思考図式
2004年7月10日(土) 17:38:05
ボクは、拉致被害者=可哀想、という思考図式にはまりがちな自分を戒めてるわけで、拉致も考えようによっては幸せさ、と嘯いているわけではないということはご理解ください。
拉致を被害とか不幸とか決めつけて考えていくと、結果、拉致された方々、そしてご家族の人生を「被害を受けた人生」「不幸な人生」と決めつけることにつながる。それは本人たちにとって非常に侮辱的である。人はそんなやわではない。
もちろん拉致は被害であり不幸。間違いない。
でも、それは客観的な第三者が客観的に語ることであって、本人たちにとって、それは「自分の人生そのもの」。幸せを求めていいたった一回の人生そのもの。それを外部が「被害の人生」「不幸な人生」「なんて可哀想」と決めつけることの傲慢さ、そしてそういう思考に思わず入り込みそうになる自分を反省しています。
もしボクが拉致されたとして、娘が「被害の結果として生まれた子」と世間から見られるのは我慢がなりません。被害だ不幸だという論ばかり発展させていると、本人たちのそこらへんの気持ちに鈍感になっていくなぁ、それはよくないなぁと感じたのでああ書いたのです。
