同胞としてちょっとは同情的な人がいてもいい
2003年5月 6日(火) 15:07:57
何通か批判は来るな、と思いながらエイヤと出しちゃった朝のメモ。来ました来ました。ご意見も含めて多数、どうもありがとう。すいませんね、気まで遣わせてしまって。
まず、自分もやりそうだから穏便にすませてやれ、という趣旨ではありません。厳しく糾弾するのは当然。ただ、ネットなどで、一般人の彼への批判がわりと手厳しいので、へ〜〜と思って書いた。爆弾で人を殺しまくり不発弾もばらまき事後処理もしていないアメリカはそこまで責められていないのに、同胞がああいうことをすると一気に正義感が燃え上がり世論が動くあたりがなんか納得がいかない。順序が違う気がしてならない。軽率で不勉強な記者は責めやすいから一気に責める。もともとの原因を作った巨大で強力なアメリカはそこまで厳しく責めない。別に弱い者いじめとまでは言わないけど、お手軽な人身御供にされたイメージ。そこらへんに本音の部分で違和感があるのです。それだけ。書き方下手でスイマセン。
そのうえで、遠きヨルダンで身柄拘束されている彼の四面楚歌な孤独を思い、同胞としてちょっとは同情的な人がいてもいいではないか、と思って書いた。不発弾を拾うのは彼が悪い。でも順序的には、アメリカがまず不発弾対策をするべき。せめて不発弾の形状と危険を知らせる警告文書を広くまわすべき。そういう無策を誰も責めない。うーむ。みなさんが言うことももちろんわかるけど、違和感が抜けないのよ。
