たった数十年前、日本はまさに「北朝鮮的」であったのだ

2002年9月19日(木) 2:08:50

繰り返すが、拉致被害者のご家族に対する同情の念は、同じく子どもを持つ親として、他人に負けないくらい強い。その長い祈りの年月を想うと涙が出る。

その上でもう一度書くが、我々日本人は一方的被害者ではない。たった数十年前、日本はまさに「北朝鮮的」であったのだ。朝鮮半島から数多くの人を拉致連行し、働かせ、その生死に無関心を装い、その多くは日本で(私刑を含め)客死している事実をまるで無視して「拉致をするような非人間的な国を許すな!」とか必要以上に騒ぐのはあまりに恥ずかしくないか。自分たちが非人間的だったことは棚に上げるのか。戦争中だったから、植民地だったから仕方なかったとでも言うのか。

拉致はもちろん非人間的なことであり、繰り返されるべきではない。拉致を許せと言っているのではまるでない。
が、他民族に対してやったことを顧みず、自分たちがやられたことばかりにエキセントリックに反応する姿は、アメリカ人のテロへの反応とほとんど変わらない。ブッシュを笑えない。理性的でも知性的でもない。

首相に対する世論や政界の厳しい風当たりも、ボクは信じられない思いで見ている。もちろん不備はあろうが、端緒としてはほぼ満点外交であり、国益も国際益もしっかり確保した。なぜこういう微妙な外交を(多少ギャンブル的だったが)この時期にしっかりまとめた首相を認めてあげないのだ? 過去の首相が誰もなし得なかったことだろう。あの独裁体制の国に対して一歩も引かず、拉致被害者の安否、謝罪、そしてなにより拉致再発防止の言質をちゃんと取った。爆弾射程距離内にある国民を守る足がかりも作った。米朝対話のきっかけさえ作った。それなのに、また足を引っ張って引きずり降ろすのか。

首相は一片の薄笑いすら浮かべず、社交辞令も言わず、雑談にも応じず、厳しく北朝鮮と相対した。国民の怒りを正しい手順を踏んでちゃんと伝えた。国民の命を守ることが国家の第一義である。そういう意味においてもっと怒りを伝えるべきだったという論調も理解できるが、会談が決裂しないギリギリの線まで立派に怒りを主張したと思う。何もやってない政治家や国民が必要以上に怒り騒いで、彼の高等外交を無にしていいのか。

在日朝鮮人たちに対する一部の人の仕打ちに至っては言葉もない。アメリカでイスラム系の人が理由なく暴力を受けているのを見て「なんて理不尽な」と思わないか? あれと同じかあれ以下の行為を同じ日本人がやっているかと思うと憂鬱になる。もっと恥を知っている国民性だと思っていたが。

って、メモとは言えんくらい長くてスマン。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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