">

阪神大震災でパタッとテニスをやめてしまった件

2012年5月10日(木) 19:25:33

昨日の話の続き。

阪神大震災でほとんどの食器類(陶器、磁器、ガラス器など)が割れてしまって以来、食器をほとんど買わなくなったのだけど、もうひとつ、阪神大震災をきっかけにパタッとやめてしまったものがある。

それはテニス。

あのころボクは33歳。
20代中盤からテニスにはまり、仲間たちと毎週必ずテニスをするようになった。そのうちテニス・スクールに通いだし、多いときは週3回くらいはラケットを握る毎日を送っていた。

プレイスタイルはサーブ&ボレー。
ネットにダッシュし、背の高さを活かしてボレーとスマッシュをする攻めるテニス。スクールのおかげもあってサーブもわりと弾丸系で安定していた。ボールを使うスポーツはわりと何でも得意だが、テニスはまぁまぁ向いていたと思うし、大好きだった。

パタッとやめてしまった理由は正直よくわからない。

もちろん、阪神大震災の直後はテニスどころではなかった。
臨月だった妻といっしょに京都〜東京と逃げ、東京で響子を授かった。その後、関西(勤務地)と東京(妻子を預かってもらっている実家)の往復生活になったのだけど、その間もテニスする余裕はなかった。

でも、夏くらいから少しずつ落ち着いたはずだ。
妻子も神戸(夙川)に帰ってきて、親子3人での生活が始まった。このサイトを作り発信を始めた。

でも、スポーツ欲みたいなものは戻ってこなかった。
テニスも含め、本当によくスポーツをしていたのだが(野球、ゴルフ、卓球、スキー、釣り)、全部、ばったりやらなくなった。

特にテニスは「裁ち落とし」に近い急なやめかた。あの震災の日以来、ラケットすら握っていない。プリンスのグラファイト110も震災数日前にしまったっきりだ(そうこうしているうちにプリンスは破産してしまったね…)。

自分の中の何かが喪失した感覚はある。
たぶん気のせいだけど、なんかもう楽しめない気がする。うん、たぶん気のせい。

スポーツ欲自体は戻ってきている。プールやRUN、ジムなどはやっている。冬はスキーも行く。
だけど、ボール系(ゲーム系)のスポーツをなぜか始められない。自分でもよくわからない。震災前のあの楽しかった日々にイメージが結びつきすぎているのかもしれない。

たまにとても「やりたいなぁ」と思うことがある。
きっときっかけがあれば始められる気もするなぁ。

陶器買いも再開したことだし、ゲーム系スポーツもまた始めてみようかな。
とはいえ、17年のブランク & 老眼化で、ボールに当たるかどうか不安なんだけどw

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

アーカイブ

同カテゴリーの他記事