ボクたちはその萌芽の最初期に生きている
2011年1月 9日(日) 18:52:12
「ソーシャルメディアが大きく変えてしまうもの」という記事にはたくさんの反応をいただいた。
お茶の間で家族に共有されていたもの。それが家族と代わる新しい「つながり」に共有されていく流れ。広告コミュニケーション的にも大きく根本的な変革であるが、これはもっとたくさんのものを変えてしまうかもしれない。
極端に言ったら「国」を変える。
なぜなら、家族とは「国」という組織の最小単位だからである。国があり、県や州があり、街があり村があり、そして家族がある。国家はそうやって組織づくられ、統率されている。つまり、家族が集まり情報を共有する仕組みが崩れることは、国家のありようが根底から揺らぐことに近い。
そしてそれが人と人との新しい「つながり」に再編成され、しかもそれがネットという距離と時間を超えるインフラを通してであるとき、もうそこには国境はもちろん地域差も年齢差もない。国家という意識を持つことすら難しくなる。ただ純粋に「共感」があるだけである。それは例えばいまアートを通して得られているものに近い。芸術作品に触れるとき、人は国家も民族も超えて「共感」でつながる。それに近い感覚をベースに再編成されることになる。
家族でも地域でも国家でもない、新しく編成された「共感によるつながり」。
これを「知縁」と呼ぶならば、これは一周回って「血縁」や「地縁」を復活させるだろう。一度壊れた縁が、「つながり」によって再生されるだろう。そして、そうなってはじめて、村上春樹が言うところの「システム」に対抗できる力を持つのだと思う。
ボクはこう見えて慎重な方なので、手放しでソーシャルメディアを賞賛することはしない。
でも、この流れの数十年先に、「共感」や「つながり」を元にした、いま想像すらしていない「再編成」が起こり、世界のあり方をいい方に根本から変えてしまうような予感に震えてはいる。それはきっと今日よりいい明日だ。You may say I'm a dreamer. But I'm not the only one.
ボクたちはその萌芽の最初期に生きている。
なんて光栄な時代に生きているのだろう。まだまだ柔らかく壊れやすいこの小さな芽をつぶさず大切に育てて次につなげる。そんな時代に居合わせたシアワセを喜びたい。
