ソーシャルメディアが大きく変えてしまうもの

2011年1月 5日(水) 14:13:30

ソーシャルメディアが大きく変えてしまうことはいくつかあると思うが、コミュニケーションのあり方を大きく変えるものとして無視できないことに「情報の伝わり方の変化」があると思う。

マスメディア全盛の時代、情報は「お茶の間」という場を通じて男女「全」世代に伝播した。

家庭のお茶の間に老人から子供まで男女全世代が集い、そこがクチコミ源となったのである。
マスメディア、特にテレビと新聞は、お茶の間に情報を絨毯爆撃的に伝えた。男女全世代はそこで同じ情報に触れ、意見交換が行われた。そしてそれは、各世代の外での「つながり」(会社、学校、井戸端など)にリアル対面式でクチコミされ、拡散した。その結果、テレビや新聞は世論を形成することができた(世論形成において「全世代が同じ情報に触れる」というのが大切だった)。
ちなみに、雑誌・ラジオは男女別・世代別セグメントを行い、補完的に機能した。とはいえF1M1という大雑把なセグメントであったが。

平成に入り、都会を中心にお茶の間が崩壊すると(全世代が同時に集まらなくなると)、その構図が崩れ、マスメディアは次第に世論を形成する力を失い始めた。

生活者は、男女「各」世代ごとに細かく分散していった。
それぞれが個別に違う情報に触れるようになり、インターネットの普及はそれを助長した。広告は男女各世代用に最適化され、メディアの細分化・セグメント化が進んだが、情報洪水・成熟市場・メディアの激増などで広告自体が受け取ってもらいにくくなった(このへんのことは「明日の広告」にくわしく書いた)。絨毯爆撃も効かなくなり、情報が広く共有されることも減り、生活者は個々に別々の情報を持って情報洪水の世の中を渡り歩いて行かざるを得なくなった。全世代全員が知っている流行歌が消滅したのもこのころである。

ネット上ではコミュニティが形成され、同じ趣味や考えを持つ同士の集まりができるようになり、クチコミ源にもなったが、それらが互いに交わることはなく、個別に孤立していた。ブロガーのクチコミ影響力も語られたが、それは一部のインフルエンサーによるブロードキャスティング的な場合が多く、送り手と受け手は比較的分かれていた。

で、この時代、広告コミュニケーションは、メディアニュートラル、クロスメディア、コンタクトポイント設計、SEM、CGM、戦略PR、エスノグラフィなど、男女各世代バラバラに分かれたクラスターに「生活者本位」でアプローチするいろいろな手法を編みだしたのである。


ここまでは「男女全世代」→「男女各世代バラバラ」という変化であるが、ソーシャルメディアの出現はそれを根本的に変えようとしている。

情報伝播の仕組みが、「世代」という軸から、「友人・知人とのつながり」という軸へ移行し始めているのである。

ソーシャルメディアには「友人・知人とつながりやすい」という特徴がある。
生活者は現在属している組織の友人・知人だけでなく、以前の組織、たとえば卒業した学校の友人などとも手軽につながれるようになった。また、同じ趣味を持った人同士、同じ興味をもった人同士のコミュニティもより簡単に形作られるようになった。そしてそれらは世代の壁や地域の壁を越えている。

もともと、リーマンショック以降、「行きすぎた資本主義」への見直し意識が強まり、ロハスやエコ、サステナブルな生活などの浸透も相まって、経済成長や消費拡大の先に幸福はあるのか、人々は疑問に思うようになっていた。
そこにソーシャルメディアが現れて友人・知人、または同好の士などとつながりやすくなった結果、人々は「人と人とのつながり」という古くからあった関係性に戻ろうとしている。リアルな友人・知人、そしてネット上でつながっている人々と有益な情報などを共有することに幸福を見出すと同時に、彼らの共感や信頼の獲得も求めるようになった。

つまり、お茶の間崩壊以降、男女各世代バラバラに分かれていた人々が、「つながり」によって再編成されようとしているのである。

また、インフルエンサーからのブロードキャスティング的コミュニケーションだったブログ時代を経て、受信者であった大勢の生活者がRTやいいね!などで同時に情報発信者になることが可能になり、真のインタラクティブ時代が到来した。これにより「受信者=発信者」である強力な情報伝播の場として「つながり」が機能しだしたのである。

しかも、その「つながり」は、情報が複層的に拡散するという特徴を有している。

たとえばボクはいろんな「つながり」の重なりの中で生きている。
会社という組織の「つながり」、広告業界という「つながり」、食べ好きという「つながり」、オーディオ好きという「つながり」など、いくつもの「つながり」の中で複層的に行動している。

その際、ボクが食べ好きの「つながり」から伝わってきた情報を同じく食べ好きたちと共有しようとしたとき、ボクのソーシャルメディア上で行ったRTやいいね!やシェアは、ボクがつながっている他の「つながり」にも自動的かつ無自覚的に広がっていく。これは「共有(Share)」であり、かつ「拡散(Spread)」である(SIPSモデルのラストを「Share & Spread」としてるのはこの理由による)。

この「拡散」は、お茶の間時代の拡散力に似て、強力な力を持っていくだろう(ネオ茶の間)。
そして、拡散が自動的かつ無自覚に行われるという意味において、マスメディア(特にテレビ)による絨毯爆撃がふたたび効きやすくなる。絨毯爆撃によってどこかの「つながり」のコアに偶然伝わった情報は、違う「つながり」に自動的かつ無自覚に拡散しやすいからである。

ただし、その絨毯爆撃は「共感」を纏っていないといけない。そうしないと単にうざい情報になる。それは「100万人にではなく100人に伝える」で書いたとおりである。


こうなってくると、いままでF1M1のような男女&世代別で切ってきたマーケティングは大きく変化せざるを得ないし、クチコミの考え方も大きく改める必要があるだろう。

また、ある「つながり」のコアにちゃんと伝えてファン・ロイヤルカスタマー・エバンジェリストなどになってもらうことがキーを握るという意味において、「100万人にではなく100人に伝える」という考え方が重要になってくるし、男女各世代ごとに細かく分散したクラスターを捉えようとしたメディアニュートラル以下の広告コミュニケーション手法も「つながり」に最適化すれば、使える手段として残ると思う。

ただ、ソーシャルメディア上の「つながり」によって、マスメディアによる絨毯爆撃もふたたび効き出す可能性が高いことも忘れてはいけないだろう。

つまり、これからの広告コミュニケーションは、弱体・矮小化していくのではなく、長年培ってきた「マスメディアによるアプローチ」と、最近開発された「生活者本位のアプローチ」のふたつを合体させた上で、「つながりプラットフォーム」上で伝播しやすい「共感」をまとわせたものになっていくのでないか、ということである。

書き出したら超長文になってしまった。
読み直したら多少乱暴なところはあるけど、ブログなのでこのままアップ。この項、まだまだ考察中。引き続き考えます。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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