最後のダノイ

2010年12月10日(金) 12:56:38

昨晩はちょっと郷愁にも惹かれ、十数年ぶりに西麻布「ダノイ」へ。

十数年前、この店は東京でもっとも活気がある店のひとつだった。もっとも予約が取れない店のひとつでもあった。店は常に満席で、お洒落な人種が集まっていた。キャベツとアンチョビのスパゲティや野菜と豆を煮込んだスープ、地鶏とじゃがいものローストなどの名物も有名で、東京で一番おいしいイタリアン、との評判も取っていた。で、実際においしかったし楽しかった。

そんなこの店でのいい時間がずっと記憶に残っていて、最近妙に「再訪してみたいな」という気分が高まっていたのである。いま考えると虫の知らせみたいなものだったのかもしれない。

地下1階に降りる階段に昔の記憶が蘇る。あのころは本当に楽しかった。
でもなんか変だ。店内からざわめきみたいなものが聞こえてこない。いぶかりながらドアを開けたらボクが一番目の客であった。そして実はこの日最後の客でもあった。一世風靡した名店がいったいどうなったんだ?

偶然であるが、昔座ったのと同じ席に通された。十数年前と少しレイアウトが変わっている。でも全体の雰囲気は一緒かな。昔はお洒落に思えたピンクの椅子も今は寂れた店のそれに見える。昔は活気があると思えたいろいろな小物の数々も今は雑然として見える。これが年月というものか。

もちろん厨房には小野清彦シェフはおらず、ホールにマダムもいない。厨房は弟子の方(だと思う)がひとりで切り回し、ホールは女性がひとりで受け持っていた。これはもう満席を予想したオペレーションではない。数組で精一杯だろう。

聞けば、なんと今年いっぱいでこの本店は閉めるという。
常連さんにもほとんど知らせずひっそり閉じるとか。そうなのか…。あと数日だ。偶然だけど来れて良かったな。

こういうとき東京ってイヤだなぁと思う。流行ると人がワアッと押し寄せ、その流れが止まると一気に足が途絶える。自分だって十数年ぶりに来たくせによく言うよ。だけどやっぱりちょっと寂しい。あんなに活気があった名店がひっそりと幕を閉じる。幾多の愛が囁かれた空間がこの世から消滅する。

料理はなつかしい味だった。ダノイ特有の心あたたまる素朴な料理群。この味は高輪「ダノイ・アルトリ」などの各地の「ダノイ」に引き継がれるとは思う。でも、なんというか、ボクにとって「ダノイ」ってこの西麻布本店の雰囲気と切っても切り離せないもの。暗い夜道をとぼとぼ歩いて、遠くに「ダノイ」の看板がぼんやり暖かく光っているのを見つけたときの安堵感とトキメキ。それこそがボクにとっての「ダノイ」だった。

最後に食べに来られて本当に良かった。お疲れ様でした。そしてありがとう。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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