娘がバンクーバーから帰ってきた

2010年8月15日(日) 18:55:23

kyokoELS.gif高一の娘がバンクーバーから帰ってきた。思った以上に明るく元気に帰って来た。

行ったのはたった2週間。ここで書いたように短期留学である。
まだあまり深く話を聞いていないが(父親に深く話をしてくれるかどうかもわからないがw)、当初の目的である「場馴れ」はそれなりに達成できた模様。なにより「ひとりで行って、ひとりでいろいろやって、ひとりで帰って来られた」という自信が大きいと思う。シャイで臆病なところがある娘にとっては冒険だったと思うが、よく乗り切ったと褒めてあげたい。周りの全員が初対面で、まだろくに話せない英語で「自分」をアピールしないといけない。それが彼女にとってどれだけハードル高いことだったか。

最悪の状況として「外国を嫌いになって帰ってくる」ということも可能性として考えていたが、ありがたいことに杞憂に終わった。「もっと長くいたかった!」というのだからまぁ成功だろう。

とはいえ、あちらのサマースクールでは日本人の生徒もそれなりにいて、日本語もずいぶん使ったらしい。でもいいの。この2週間は英語のみのために行かせたわけではない。目に映るもの、耳に聞こえるものすべてが勉強。血となり肉となることだろう。あと、遠き海外で家族からも学校の友達からも離れ、ネットからも携帯からも離れ、たったひとりの長い夜を過ごしたのも良かったと思う。それら全部を含めて、きっと数年後、数十年後にこの体験は活かされると信じる。

帰って来た彼女がしたこと。

まず twitter でみんなに帰って来たよと挨拶をし、facebook を開いてバンクーバーで友人になった中国人とブラジル人のページを見て、家族に Google map のストリートビューでホストファミリー(インド人)の家から学校までの道のりを詳細に説明し、Flickr に学校のスタッフがアップした授業風景の写真や友人の写真などを解説した。

これぞデジタル・ネイティブだよねぇ(笑)

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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