ある種のタイムマシン
2010年8月 7日(土) 21:56:12
昨日は原爆忌。
去年も書いたことであるが、今年もこの俳句とこの短歌を反芻していた。
「カルビーの ポテトチップス 原爆忌」中田美子
「おそらくは 今も宇宙を走りゆく 二つの光 水ヲクダサイ」岩井謙一
前者については去年のこの日、後者については去年のこの日に感想を書いている。
ブログがいいのは、そのときの想いを詳細に書いておくと、その気持ちに瞬時に戻っていけること。そういう意味において「ある種のタイムマシン」である。そして、「情報のストック」でもあり、「人生の詳細な記録」でもある。そのうえ、「自分の時間を埋葬するお墓」でもあり、「子孫に残しておきたいDNA」でもある。ツイッターも細かく残せるけど、あれはフローなものとして流れて消えていく。やっぱりボクの基本発信基地はサイト(狭く言えばブログ)だなぁとこういうとき、思う。
カルビーの句は、今年は少し違う見方をして反芻していた。
で、去年のイメージ(8月6日の無人の茶の間の風景)をさなメモで読んで、その気分を思い出して(忘れていた)、なんだかすごく面白かった。あー去年はこういう見方をしてたのね。こういう瞬間が好きだ。
そうそう、昨日、映画「インセプション」を観たんだけど、虚無に落ちたふたりの姿を見ながら、「おそらくは 今も宇宙を走りゆく 二つの光 水ヲクダサイ」を何故か思い出していた。自分が作り出してしまった世界。圧倒的な孤独。そして、永遠。
…水ヲクダサイ。
