高田馬場、ビッグボックス裏の雀荘前にて

2010年7月 6日(火) 8:46:26

昨日は早稲田大学の広告研究会で大学生を相手に講演。
広告を研究している人たちだけあって質問もたくさん出て、まぁ良かったと思う。

早稲田は母校だ。母校ではあるが、学舎(まなびや)というよりは遊び場だったなぁ。ちゃんと勉強しなかったせいでアタマの基礎体力が養われなかった。基礎体力がないから論の展開でも議論でもすぐ息切れする。もっと必死に寸暇を惜しんで勉強し、最低限の基礎体力は養っておくべきだった(後悔先に立たず)。

まぁ遊びまくったあの日々も無駄にはなっていない、という論もある。人生に無駄などひとつもない。
でも、たとえば麻雀なんかやっぱり無駄だったんじゃないかなぁ。麻雀が世界一面白いゲームであることは否定しない。教室より雀荘に籠もった時間が長かっただけのことはある。でも、あの若い貴重な時期にあれだけ膨大に時間を使う価値があったかと言われると、ノーかも。

そんなことを考えながら、講演帰りに高田馬場を歩いていたですね。
戸塚方面からビッグボックスの裏あたりを高田馬場駅に向かって歩いていたわけなんだけど、そしてその道を歩くのは大学卒業以来だからほぼ26年振りなんだけど、偶然、考えとシンクロして、当時籠もっていた悪の巣を見つけた(笑)

「ふじ」という名の雀荘である。
思わず足を止めてしまった。うあー、まだあったか! あれから26年ずっとあったか! ゲッ! 学割1時間120円! 相変わらずやっすいなぁ。確か約30年前にボクが通っていた当時、1時間90円だった記憶がある。約30年で30円しか値上がりしてない! なぜやっていける!

それにしてもここでボクはどれだけ若い時間を消費したことか。若い貴重な時間をじゃぶじゃぶと惜しげもなく使ってしまった…。うーむむむ。

……店前でしばらく甘い後悔と自己憐憫に浸った後、首を振り振り歩き始める。あーああ、あーああ、青春の日々よ(by ゆず)。そしたら続いて次々と懐かしい店名が目の前に! おお、「西武」! おお、「サン」!

そう、この2つも雀荘である。
たしか「ふじ」にまず行ってみて一杯だったら「西武」。そして「サン」と、その日によって行き分けていた気がする。「西武」はカレーが美味かった。「ふじ」では出前を異様にとって、壁に役満達成者と一緒に名前が貼り出された。ううむ、懐かしい。

他に通った雀荘は、渋谷の「96(クンロク)」とか大隈通りの「CoCo」という喫茶店の横の「フジ」(この店名が思い出せなかったのだけど、昨晩ツイッター上で教えてもらった。ありがとう)。「トキワ」とか「ナンバー1」とか「早苗」も行った気がする。なんだか懐かしいな…。

麻雀は本当によくやった。畑正憲の名著「精密麻雀」を精読し、打ち筋まですべてマネするくらい凝って打っていた。
でも、いま考えると「勝てない麻雀」だったと思う。なんかね、「汚い手で上がるのを嫌がるタイプ」だったし、「勝っていても(負けてる人に遠慮して)安い手で上がるような逃げ切りをしないタイプ」だった。見栄っ張りというか、きれいに勝とうとする。こういうヤツは絶対勝てない(トータルでは)。いまだにそういう甘さがあるな、と自分で思う。人生もトータルでは負けるだろう(笑)。まぁ汚く勝つより負ける方が好きだからいいんだけど。

ちなみに、後年、雀鬼畑正憲さんと雀卓を囲んだ。憧れの対局。もう死んでもいいと思った。勝ち負けなんか関係ない。とにかくムツゴロウさんから美しくアガることのみを考えて打っていた。

いまでも忘れない。345のタンヤオ三色。10巡目くらいに36筒(サブローピン)でテンパった。もちろんダマで待つ。捨て牌に迷彩は施せてないが、それでもピンズ待ちの匂いは薄め。場は南2局くらいで切迫してたのでムツさんもそこそこ慎重に打っていた。

ちょっと逡巡したあと、ムツさんからポロリと3ピンが出た。
落ち着け。上ずるな。と自分に言い聞かせ、低めの声で「ロン。タンピン三色です」と言う。心の中は「うはは、うはは、うはははははは」であった(笑)。ムツさんがさりげなく悔しそうな顔をした。あぁ冥土の土産が出来た!(笑)


とか、ものすごく久しぶりに麻雀の甘くて苦い思い出に浸っていたら、いつの間にかビッグボックス前に出た。

あぁここでキャラメルボックスは結団したんだなぁ、とか(この劇団とボクは無関係だけどなんとなく…)、スポーツロードはもうないのかな、とか、清龍はまだあるんだろうか、とか、ここにいると昔の仲間がぞろぞろやってきそうだ、とか、いっそのこといまから26年ぶりに新宿ゴールデン街に繰り出すか、とか、いろんな甘酸っぱい想いが錯綜する。

それにしても、大学時代、もう少し勉強しておけばよかったなぁ(結局それかよ)

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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