ある先輩の早期退職の日に
2010年7月 5日(月) 7:53:38
文夫さん。
ご卒業、おめでとうございます。
文夫さんとたったふたりで関西支社の8階にクリエーティブ局デジタル部を起ち上げたのは、たしか1998年でしたでしょうか。
あれ以来、途中でボクの東京転勤で関西と東京に別れてはしまいましたが、お互いに「道なき道」「人なき荒野」を歩き続けてきました。「どっちに進んでいいかわからない奥深いジャングルを、下草を切り払いながら、猛獣に怯えながら、後進のために道を整えつつ、とにかく闇雲に前に進んでみる」という毎日で、これがいかに大変かつ高度なものであったか、きっとボクたちふたりくらいにしか共有できないことなのだろうと思っています。
文夫さんが、その年齢で、うちの会社のデジタルの前線に居続けてくれたことがどれだけ大変で貴重なことなのか、会社も、もしかしたら後輩たちも、実はあまり理解していないのかもしれません。
文夫さんが、日々冷や汗かきながらも、とにかく前線に居続けてくれ、そこで上司たちと若者達を、アナログとデジタルを結びつけてくれていたからこそ、いろんなことがうまく回ったのです。文夫さんが、デジタルに関心のない他部署の人たちを、根気強く説得し、おだて、煽り、無理矢理引っ張ったりしてくれたからこそ、いま、関西にデジタル部署が当然のようにあるのです。
その功績を、ボクを含め、デジタルに関わる部署の人間たちだけは、忘れてはいけませんし、きっと忘れないと思います。
文夫さんは本来とてもアナログで、実にマイペースな人でした(鮎釣りに何度かご一緒して、そのアナログさ、そのマイペース具合は痛いほど知っています)。その文夫さんが、そんなご自分を曲げて、デジタルの最前線を駆け回り、後輩たちを導く役目をされたこと、本当にありがたいと思っていますし、いまでも驚異的なことだと感じています。
本当にお疲れ様でした。
そして、本当に、ありがとうございました。
その疲れを理解できる数少ないひとりだという自負とともに。
さとうなおゆき
