太田和彦さんと飲んだ話
2010年6月 6日(日) 22:07:41
そうだ、太田和彦さんと飲んだ話を書かなければ。
この日、山本彩香さんとご飯をしたあとのことだった。
夜21時すぎくらいだったかな。同行した方から「友人が太田和彦さんと飲んでいるらしいので、一緒に行きますか?」と誘われた。
実は迷った。「まだ」なのではないか、と。
店とかはそこそこ巡って、経験値も積んで、自分なりの考えも出来てはいる。でも、「まだ」なんじゃないか、と思った。まだ、この居酒屋の大家と飲むのは早いのではないかと。それは、いつか、もっと自分が自分なりに完成したあとのほうがいいのではないかと。
でも、いつかなんて来ないんだよね。完成なんてするわけもない。それが人間というもの。いまの自分をそのまま晒すしかないんじゃないかな。そう考えなおして「ぜひ」と答えた。
もう時間も遅いので彩香さんたちは帰った。
山本彩香という日本の宝と飲んだあと、太田和彦という、居酒屋好きな人にとっての日本の宝と飲む。そのうえ同行者も実は日本の宝。なんという贅沢をしているのだろう、と、少しめまいを覚えつつ、太田さんたちが飲んでいるという西麻布の店へ向かった。
太田さんは寡黙で、言葉を選んで訥々と語る人だった。
とても丁寧で謙虚。でも、会話に少しだけ、気がつかない程度に毒を混ぜる。そしてそれが、素朴な地酒がひとつまみの珍味で輝くように、会話をピリリと引き締める。
「さとうさんは、たいへんたくさん店を知ってらっしゃるわけですが、そうやってたくさん知ったうえで、浮かび上がってきたものは何ですか?」
相手の目を見て、微笑みながら、低音でゆっくり、さりげなくこんな深いことを訊いてくる(笑)
まいったな…。
冷や汗かきつつ、誠心誠意こたえてみる。
でも、言葉は、口から出る端から重さと厚さをなくし、床に散らかる。
古い店の、長い年月の会話が染みこんだような、古い壁が好きだ、そういう壁がある店が好きだ、みたいなことを言った部分だけ、太田さんは深く頷いてくれたっけ。「合板の壁だとダメなんですよね。あれは会話が染みこまない。会話がはねかえってしまう」みたいなことをうれしそうに話してくれた。
別れ際にこう言われた。
「さとうさん、いつもそういう派手な格好しているんですか?」
その日はイタリアのデニムジャケットを着ていた。自分ではそんなに派手とは思わなかったが、彼には派手に見えたようだ。
「そういう派手な格好はしないほうがいいですよ」
店に溶け込み、店と同化するような飲み方をする太田さんから見ると、店から浮きあがるような格好をしているボクはまだまだだと見えたようである。聞く聞かぬは別にして、指摘してくれる先人はありがたいな。
飲んだのは土曜日の夜。
月曜に出社したらデスクに彼の著書がメッセージつきで届いていた。
冷や汗かいて万年筆で御礼のハガキ。
なんか、きちんと生きてないのがどんどんバレていくような感じである。
この歳になると、そういうことを気づかせてくれる方がどんどん少なくなってくる。
太田さん、どうもありがとうございました。
