平安時代なら300000歳?

2009年11月12日(木) 7:51:21

昨日ツイッターで知った傑作動画「バーレーンの実況が日本語にしか聞こえない件」(本当はニコ動が出典元なんだけどYouTubeの方にリンク)。RT(Retweet:引用してつぶやく)したらまた多くの人に異様にウケたのでさなメモにも載せよう。眠い目を覚ますのにどうぞ。

昨晩、家に帰る前にジムに寄ったら、ジムのインストラクターに「佐藤さん、ブログやってるそうですね」と言われた。「は?」と、ごまかしていたら、「佐藤さんが書いたのを見て来られた方がいます。私も読みましたよ」と。「へ?」……この記事を見て辿り着けたのかぁ…。しかもその方、近くに住んでいるわけではなく、かなり遠いところから通って来ているみたい。うーむ、まいりました。ジムでは独りが好きなので少し複雑な気分ではあるけど(笑)

あぁそういえば、讀売新聞のコラムの〆切が近いのにまだ新しい顔写真撮っていない! このままだと前回の写真が載ってしまう(笑)。というかコラム自体も書いていない。月イチ連載だから楽勝と思っていたけど、最近すぐ一ヶ月経つからなぁ。もう〆切かぁ…。あっという間に歳をとるなぁ。

あっという間に歳をとるけど、でも、現代に生きる我々はかなり濃密な時間を過ごしているよね。
先週だったか先輩と話していたんだけど、「オレたちの人生って、情報量で換算したら、平安時代の農民の1000倍くらいは生きてるよなぁ」「いや、1000倍では済まないかもですね」「うん、10000倍くらいかもなぁ」「情報量とか経験量で換算すると、現代人の寿命って300000歳くらいかもしれませんね。平安時代の農民で言えば」…(←彼らの平均寿命を30歳として、その10000倍)

もちろん幸福量とかで計ったらまた違うのだろうけど、身の回りを流れている情報量、メディアを通した疑似体験も含めた経験量などを物理的に積み重ねて時間に換算したら、過去の時代の人よりかなり長く生きている計算になる気がする。平安時代の農民って、情報量的にはかなーり少なく狭い世界に生きていたからね(たぶん)。こう見てくると時間って平等ではなく、濃さによって長くなったり短くなったりする。現代においても、同じ年齢なのに長く生きてる人と短く生きてる人がいるかも。ボクは……実年齢は48歳だけど、経験量年齢(?)は100歳近いかもしれない(何でもやりたがりだから)。

よく人に「生き急いでますね」とか「そんな生活してると早く死にますよ。濃く短い人生がお望みですか?」とか忠告されることがあるけど、「実はもうすでに長生き」という考え方にするとわりとスッキリする。経験量年齢なら、だけど。平安や室町や江戸時代の人と比べて、だけど。それがシアワセなのかどうかは置いといて。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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