縁は異なもの

2009年8月14日(金) 8:10:55

おとといはなんだか面白い夜だった。

どこから説明すればよいかな。んー...。
ええと、まず中目黒に「ビッグママ」という店があるんですね。店名通り大柄な女性がやっている店で、肉料理がとてもおいしい。生前のナンシー関が行きつけていて、彼女の消しゴム版画の看板が目印。最近ではリリーフランキーによるママの似顔絵も飾ってある。そんな店。

で、2ヶ月ほど前に久しぶりに「ビッグママ」に行ったのである。
店がすいていたのでママといろいろ話をしながら食べたのだが、いつしかボクの仕事の話になった。で、勤めている会社の話になり「あ、○○なの。ふーん。○○も最近はいい男が減ったからねぇ。昔はたくさんいたんだけど。H間さんとか。知らないと思うけど」と超遠い目で言われた。
H間さん? ええと、もしかしていま九州で役員やってる? カラダがごつくて押し出しの強いあのH間さん? 「知ってるの? あらうれしい。あたし、いままで会った男の中であの人が一番アタマがいいと思う」と。

で、自然とH間さんの話になった。
若い頃ママは音楽プロダクションをやっており、その頃よくH間さんと仕事していたらしい。しかもH間さんの奥さんは博多の高校でママの1年先輩に当たり、同じコーラス部に所属していたという縁もあったらしい。そんなこんなで家族ぐるみでつきあっていたようなのである。H間さんの当時の鎌倉の家(超モダンでお洒落な家だったとか)にしょっちゅう遊びに行っていたと懐かしそうに話してくれた。へー、親しかったんですねぇ。

ボクはといえば、まだ若い頃、あるクライアントの仕事でH間さんとご一緒したことが何度かある。超やり手の名物営業として有名だった。しかも今はボクのこのサイトをよく読んでくださっていて、「明日の広告」も読んでくださり、去年の10月には博多に講演で呼んでくれたばっかり。そのときは「ゑびす堂」というめちゃくちゃうまい割烹に連れて行っていただいた。そこでいろいろ一緒に話をしたばかりである。

しかもしかも、拙著「明日の広告」の挿絵というか図表制作は、偶然、H間さんの息子さんである晶太くんなのである。
これは超偶然なこと。図表制作をあるフリーのデザイナーにお願いしたところ、彼の部下として当時働いていたH間晶太くんが実際に手を動かしてくれていたのである。ボクはそのことを出版後に知った。ある日会社のエレベーターホールで「あ、さとうさん、はじめまして! ボクが図表つくらせてもらいました。しかもH間の息子です」と自己紹介されたときの驚きよ。マジで?

しかもしかもしかも、ちょうど「ビッグママ」に行く前日にその晶太くんから「お久しぶりです」とメールをもらったばかりであった。すごいタイミング!

そのことをママに話すと「晶太! 懐かしすぎる!」と大声で。
家族ぐるみでつきあっていたころ、晶太くんはまだ小学生。「あら〜、いま何やっているのかしら〜」と懐かしむので、じゃあ電話してみましょうということに。メールに電話番号書いてあったので、そのまま店からいきなり電話。

彼はママのことをよく覚えていた。「あら懐かしい」と電話をかわったママはほとんど涙声。そして晶太くんからH間さんの奥さんの電話番号も聞き出し、そのままの流れで奥さんにも電話。ママはもう感無量になっちゃって...。
音楽プロダクションをやめてから、屋台を始め、そして念願叶って店を出したビッグママ。飲食業に関わりだした頃からH間さんとは疎遠になっていたらしいのだけど、ずっと「また会いたい」と思っていたとか。でも昔の電話番号はつながらず(H間さん夫婦は九州に移住していたし)、ほとんど諦めていたらしいのだった。

で、その夜、「今度は晶太くんを連れてきますね」と約束して店を出たわけ。
おとといはその約束の「晶太くんを連れてくる夜」だったわけですね(ようやく前説が終わった:笑)

おととい夜、中目黒駅で待ち合わせた晶太くんは大興奮していて、なんだか可愛い(いま27歳で、ニューヨークでデザインの勉強をしている)。
店に入ったら、まぁママの喜ぶことよ。15年ぶりくらいなのかな。晶太くんも「よく覚えてます。カニとか家に持ってきてくれましたよね。あれ、うまかったなぁ」とか話す。後にも先にもあんなうまいカニを喰ったことがないとか。食事の記憶ってすごいね。

ママと晶太くんがいろんな思い出話をするのを横でニコニコと聞いていたボク。気持ちいいなぁ。楽しいなぁ。ヒトとヒトが結びつくのって大好き。こういうのってわりとボクの得意分野で、周りでよくこういうことが起こる。

で、案の定、もうひとつ偶然が起こった。

ふたりの思い出話の中に「○○さん」という名前がよく出てきたのだが(鎌倉の家にママとよく一緒に行って、歌手であるその方は暖炉前で歌ったりしたとのこと)、その○○さんが超偶然に店に入ってきたのである。それも超久しぶりの来店らしい。

「○○、彼、誰だかわかる」とママ。「いえ、すいません、全然わからない」と○○さん。「これ、H間晶太くん」。「えーーーーーーーーーー!!!」

その後の盛り上がりは想像できますよね?
九州のH間さんにも電話をし、いろんな話で盛り上がっていた。ボクはそれをニコニコ聞いてるだけだったけど、なんだかとても元気をもらえた。

あー楽しかった...。
晶太くんとも再会を誓って、さて帰ろう、と思ったらケータイにモリ(岩田守弘のモリではなく、森崎博之のモリ)から「いま新宿にいるんだけど、どこかひとりでビール飲める店知りませんか」というメールが入り、あら、だったら一緒に飲もうと新宿へ。「池林房」で最終電車まで飲んだ。これまた楽しかった。

今日はそのモリと岩田モリを引き合わせる予定。これも不思議な縁だなぁ。「モリ×モリ」はどんな化学反応を起こすことやら。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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