駒沢敏器著「アメリカのパイを買って帰ろう」
2009年7月10日(金) 7:36:47

先週お約束したとおり、週刊文春に書いた書評を転載します。
「アメリカのパイを買って帰ろう ―沖縄58号線の向こうへ」(駒沢敏器著/日本経済新聞出版社/1785円)
もちろん近年発売されたすべての沖縄本を読んでいるわけではない。でも、そこそこ沖縄に詳しい(沖縄本を2冊書いている)人間としていきなり断言したい。この本は近年書かれた沖縄本の中でもベストではあるまいか。
沖縄本といってもいろいろあって、自然の魅力を書いた本、琉球文化について書いた本、沖縄戦の真実を書いた本などたくさん出版されている。ただ、この本が他の沖縄本と違うのは、意外にもまだほとんど誰も手をつけてなかった「アメリカだったころの沖縄」について書かれていること。そう、沖縄にはパスポートを持たなければ入れない時代があった。正確に言うと一九四五年に終戦してから一九七二年に返還されるまでの二十七年間、沖縄は、琉球でも日本でもなく、アメリカだったのだ。
意識してなのかどうなのか、沖縄人は「アメリカだったころの沖縄」に触れたがらない。アメリカ統治時代にどんなことがあり、どれだけアメリカ経済・文化の恩恵を受けたか。反米と親米の狭間で心が揺れ、日本に対する複雑な思いもそこに加わり、いったいどれだけ苦しんだか。沖縄人は語らない。だからこそ、それらをあぶり出したこの本は新鮮であり、かつ貴重なのである。
著者は彼らの心に一歩一歩静かに踏み込んでいく。残された資料がほとんどないので、生き残っている当事者を探し出し、消えつつある彼らの記憶を掘り起こし、丁寧に「アメリカだった沖縄で何があったのか」を調べ上げていく。こう書くと「地味で資料的な本? なんか難しそー」と敬遠されるかもしれないが、さにあらず。魅力的な語り口とともに濃密にも美しく「アメリカだったころの沖縄」が浮かび上がる名作ノンフィクション・エッセイだ。
著者によって描かれるのは、意外に明るく素直な「アメリカ好きな沖縄人の素顔」。アップルパイのエピソードから始まって、アメリカグチと言われた独特の沖縄弁イングリッシュ、アメリカの影響で沖縄に広まったコンクリートブロック住宅、言わずとしれたポーク缶詰、そして幻のラジオステーションKSBKなど、様々なエピソードを通してアメリカと共に生きた沖縄人の素顔が見えてくる。それらの元になっているのは沖縄人特有の受容の心。あのまま日本に返還されなかった方が幸せだったのではないか、と少し思ってしまうくらい、沖縄人はアメリカを自然に受け入れ、愛していたのである。
いまの沖縄を理解する上で避けては通れないのに、いままで誰も通らなかった地下の道。封印されていたこの地下道への扉を開け、新たな光で満たした著者の慧眼と筆力、取材力に拍手を送りたい。
