愛した店との別れ

2009年06月20日(土) 19:47:07

昨日のメモにいろいろメッセージありがとうございました。
あの店がなくなる喪失感を共有できること自体がうれしいです。予感はあったとはいえまだ呆然としています。メールを読んで共有して自分を慰めている感じ。さっそく予約された方も数人、本当にありがとう。ボクもなんとか8月までに那覇に行く段取り組まなければ…。

閉店情報が続きますが、香川のさぬきうどん店「宮武」が閉店したそうです。
二週間ほど前からさぬきうどん好きの間で飛び交っていたビッグニュースなんだけど、最近さぬきから遠ざかっているボクが急に騒ぐのもどうかと思い静観してました。

ボクがさぬきうどんに凝ったのは1997年。全国ブームのずっと前。
その驚きをスチャラカ紀行文にしてサイト上に載せたのがこちら「さぬきうどんをCHAIN EATING!」である。これが出版社の目にとまって本「うまひゃひゃさぬきうどん」になり、そこから二足のわらじ生活が始まったわけ。そういう意味で、さぬきうどんはいろんな意味で「人生の恩人」だ。

「宮武」は本当に特徴的なうどんなので、閉店してもそのうまさは舌と歯と鼻が忘れない。「宮武系」として弟子もたくさん巣立っていて、同じようなうどんも食べられる。でも、やっぱり、この世から「宮武」がなくなるのは寂しいことだなぁ。

「山本彩香」もそうだけど、愛した店との別れって愛した人との別れにとてもよく似ている。
自分が生きた証しが消滅する感じ。そのうち、死ぬほど通ったバーとか、季節ごとに通った鮨屋とか、カラダの一部になるくらいよく食べた街場の定食屋とかとの別れも必ず来る。怖いな。そんな事態になる前に死にたいくらいだ。

死の床で「あー、もう一度だけあの店の○○が喰いたい」とか思っても、「そういえば、あの店はもうなかったんだった…。あの店だけじゃなくてあの店もあの店ももうなくなって久しいな。あー…」とか諦めちゃうのって寂しすぎる。そういうのを避けるためには「自分より確実に長生きするであろう若い人がやっている店に通うこと」だが、おっちゃん化した舌にビッタシ合う味を作り出してくれる若手もそうはいないんだよなぁ。難しいもんだ。

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