映画「グラン・トリノ」

2009年06月11日(木) 7:59:17

映画「グラン・トリノ」をレイトショウでようやく観た。

いつ公開が終わっちゃうか冷や冷やしていたので、観られて良かった。
リアルタイムでイーストウッドが新作を公開してくれる幸せって、たとえばリアルタイムでビリー・ワイルダーやフランク・キャプラが新作を公開してくれるみたいなのと同じくらい奇跡的なこと(もちろん作風は全く違うけど)。忙しいとか自分に言い訳している場合じゃないよなぁ…。

というか、いま書いてて思ったけど、この映画、ちょっとフランク・キャプラっぽかったかもしれない。もちろん作風は全然違うし、キャプラっぽい正統ハッピーエンドではない。でも、それは描き方の違いで、実は主題は近いかも。キャプラが表ならイーストウッドは裏。キャプラが古き良き20世紀のアメリカならイーストウッドは腐りかけている21世紀のアメリカ。
この映画を往年の西部劇と対比させる評論が多いし、もちろんそういう面はあると思うけど、キャプラと対比させると逆にこの映画の違う側面が明確に浮かび上がってくる気がちょっとした。

それにしても「いろんなもの」を2時間弱に詰め込んだなぁ、という印象。淡々と一本道を進む映画のように見せといて、いろんな側面から語ることが出来る作りになっている。

特に印象的だったのは、移民が国を支え、移民がアメリカの心を受け継いでいる(いく)ことの描き方。
ガチガチの人種差別主義者(ポーランド移民)を主人公に据え、古き良きアメリカの心(善意と無邪気さと騎士道的なもの)の荒廃を縦軸に、朝鮮戦争とものづくり没落を横軸にして、アジアからの移民に「大切なもの」が受け継がれていくというある種衝撃的な展開を、濃厚な暴力の気配の中で淡々とそして丁寧に細部を積み重ねて描いていく。すばらしいな。頭の固いアカデミー会員から作品賞のノミネートされなかったことが逆に勲章になるような映画じゃないか。

床屋でイタリア系移民の店主とポーランド系移民の主人公とモン族の少年が触れ合う場面。
ボクはこの場面が一番印象的だった。これってもろノーマン・ロックウェルじゃん! 21世紀のノーマン・ロックウェル。移民だらけのノーマン・ロックウェル。

アメリカの心を持った人間が(それがどんな人種であっても)アメリカ人であり、グラン・トリノを受け継ぐ資格を有する。そしてそれは(道が途切れず続くように)必ずや繋がっていく。
この、イーストウッド本人の渋い歌声が流れるラストシーンは、きわめて静かながら、フランク・キャプラ的なハッピーエンドなんだとボクは思う。センチメンタルではなく、ポジティブなメッセージだとボクは受け取った。さてボクは、日本の心を持った人間が(それがアングロサクソンやアフロアメリカンであっても)正統な日本人だ、と、ちゃんと言い切れるかな?

ちなみに、イーストウッドの歌声の次に流れるジェイミー・カラムが最高だった。こんな若手に歌のバトンタッチをしたこと自体が彼のポジティブなメッセージであり、映画の主題のひとつなのだと思う。
カラムのCDはどれもオススメだが、初めて聴くなら絶対コレ。「Twentysomething」。この1曲目の「What A Difference a Day Made」(→YouTube)をバーで聴いて鳥肌が立ち、「これ誰?」と店員に訊ねてすぐアマゾンで買ったのは数年前。それ以来折に触れて聴くお気に入りCDである。

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